たまにはゆっくり、歩きませんか?

隠岐 旅雨

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土曜日

PM 21:00

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「じゃあな。気ぃつけて帰れよ」

 見送りなどいらないという向晴を、コンビニに寄るからという理由で押し切って、俺は部屋着にパーカーという姿で、駅の改札前に立っていた。

「はい。だけど、むしろ舜さんのが気をつけてください」
「どういう意味だ?」
「そのまんまっすよ。なんか無防備だし」

 高い位置からの視線は、よく見るとどこかが優しげで、なんだか腹が立つ。

「なんだよそれ。おまえ、急に態度がでかくなりやがったな──?」
「……とにかく家に着いたら連絡くださいよ。マジで心配ですから」
「心配の意味も分からないが、ひとまず了解した」

 年下にここまで言われるのは心外だが、人通りの多い場所で、これ以上のこんなやりとりは不毛だった。ヘタをすれば、向晴が俺の保護者のように見られかねない。

「……あのな。俺も仕事でな、しばらくこっちに残ることになったんだよ、実は」
「──残るって、こっちの職場に、ってことっすか?」

 頷いてみせると、心なしか、その目はどこか輝いて見える。

「……じゃあ、舜さん。毎日とかは無理だろうし、タイミングが合ったときだけで構わないんで。たまには同じ電車で行きませんか──?」

 言われてみれば、このまま別れてしまえば俺たちは、とくに顔を合わせる必然性もなくなるわけだ。なんとなく、なにも変わらない毎日が続くような気がしていたが、そんなはずがあるはずもない。

「ああ……別にいいよ」
「よかった」

 向晴は正面から、ごく自然な動作で俺を抱きしめた。両腕が背中にまわされる意味を、俺はしばらく理解できずにいた。

「オレ、舜さんに会えてよかったっす……」

 混乱する俺を置き去りにして、向晴の姿は、改札の奥にある階段に消えた。ようやく我に返った俺は、思わずあたりを見渡して、誰もこちらを注視していないことに安堵あんどした。すると、いきなり頬が上気じょうきするのが分かる。

 なにを動揺しているんだ俺は。赤面して挙動不審なほうが、余計に怪しまれるに決まってるだろう。脳内の整理がつかないまま立ち尽くしていると、携帯スマホからメッセージの通知音があった。

『無防備の意味。わかりましたか?』
『知らねーよ。とりあえずおまえ、来週からは覚悟しとけよ?』

 短文のメッセージに、別にたいした意味はない。
 ただ来週以降の約束のような言葉には、俺なりのだけは込めたつもりだ。
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