たまにはゆっくり、歩きませんか?

隠岐 旅雨

文字の大きさ
上 下
16 / 19
土曜日

PM 18:30

しおりを挟む
 部屋はちゃんと掃除していただろうか、と少し不安ではあったが、ざっと見る限りとりあえず散らかっているということもないようだ。

「へぇ……。部屋、片付いてるんですね!」
「単純にあんまり物がないからな。余計なものを持ちたくないっつーか、散らかってると落ち着かねーんだ、俺」

 向晴は、物珍しそうに俺の部屋を見渡している。とりあえず手渡したクッションに座るようにうながす。ついでにパソコンを立ち上げてパスワードを解除しておく。

「なにか飲むか?」
「いえ、あんまり気ィ使わないでください」
「じゃあさ。とりあえず、さすがに昨日の汚れた格好のままだと落ち着かねーから、シャワー浴びて着替えさせてくれ。テレビとかネットは、適当にいじっててくれていいから」

 向晴はあぐらをかくと、リラックスした様子で俺を見上げた。初めて見るような、斬新な構図ではある。

「……エロ動画とか、見られちゃマズいモンが入ってるんじゃないんすか?」

 向晴は、悪戯いたずらそうに笑う。

「ばーか。見られて困るようなモンは見れないようになってんだよ」
「さすがです、センパイ」

 普段のクセで、その場で普通に服を脱ぎだしてから、途中でなんだか動揺してしまう。ここは自分の部屋だというのに落ち着かないのは、どういうことだ──?

 まあ、……深く考えるようなことでもないだろう。浴室に入るとシャワーのノズルを手に、湯温ゆおんをたしかめる。あまり熱めのシャワーをいきなり浴びるのはよくないとも聞くが、俺はそれが好きだ。
 水の流れとそれにともなう音は、日常の汚濁ストレスも流し去ってくれる気がする──もともと水が好きだった。だからスポーツクラブのプールにも通っていたが、最近まったく行けていない。

 髪を洗いながら考えていた──部屋には向晴がいる。たぶん、どう話を切り出せばいいのかを考えているんだろう。しかしまずは俺から質問してやったほうがいいような気がした。

「──よしっ!」

 一通りさっぱりしたところで、気合を入れてみた。鏡を見ながら前髪を後ろに流す。うん、こうしてみると少なくとも未成年には見えないな。よく居酒屋や、コンビニで酒を買おうとして身分証明書の提示を求められる俺は、──そんなことで満足している自分にすごく情けない気分になった。
 それに髪など乾けば、どうせすぐ元に戻るわけで。

 バスタオルで雑に全身を拭き、それを腰に巻きつける。着替えを用意していなかったことに気づき、勢いで部屋に戻ると、テーブルに肘をつきボーッとテレビを見ていた向晴とモロに目が合った。

「……おー、お待たせ」

 なぜか呆然としているようで、リアクションがない。というか硬直している。

「着替え持ってっとくの忘れてたわ……はは」

 すごく言い訳じみたセリフを口にしながら、俺は衣装ケースをあさる。バスタオルが落ちないように、実は必死に左手で押さえていたりする。

 とりあえずボクサーパンツとグレーのスウェットの上下をつかんで、浴室方面に一時退却すると、背中から間の抜けた声がした。

「舜さんって、色白いっすね……」
「は? わりぃかよ」

 この気まずさは何なんだろう。俺はべつに妙なことはしていないと思うのだが。少なくとも男友達が部屋にいるときは、だいたいこんな感じなのだし。

 とにかくさっさと着替えを済ませると、俺は冷蔵庫からウーロン茶のペットボトルを選び出し、グラスをふたつ手にして氷を入れると部屋に戻った。

「ほれ、飲め」
「ありがとうございます。舜さん、体調の方はどうなんすか……?」
「もう全快。心配すんなって」

 向晴が見ていたのは、サッカー日本代表の国際試合だった。そういえば今日、この時間の対戦だったか。金曜の荒れた飲み会のおかげで、きれいに忘れてしまっていた。

「……舜さんは、大学でもサッカー、続けてたんですか」
「マトモにやってたのは高校までだな。大学ではフットサルのサークルに参加はしてたけど。バイト仲間とかと一緒に」
「……ちなみに、バイトって何やってたんですか?」
「居酒屋。厨房にも入ってたから、けっこう俺、料理もできるし」
「それで酒にも強い、と」
「うるせーよ……」

 なんだかんだで根に持ってるのか──しかし普段、冗談を口にするときよりも、どこか表情は重いようだ。
 俺は、前置きもなしに本題に入ることに決めた。

「あのさ、向晴。おまえ、故障したから引退したのか……?」
「──ほんとうは、ちょっとだけ違うんです」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

今日も、俺の彼氏がかっこいい。

春音優月
BL
中野良典《なかのよしのり》は、可もなく不可もない、どこにでもいる普通の男子高校生。特技もないし、部活もやってないし、夢中になれるものも特にない。 そんな自分と退屈な日常を変えたくて、良典はカースト上位で学年で一番の美人に告白することを決意する。 しかし、良典は告白する相手を間違えてしまい、これまたカースト上位でクラスの人気者のさわやかイケメンに告白してしまう。 あっさりフラれるかと思いきや、告白をOKされてしまって……。良典も今さら間違えて告白したとは言い出しづらくなり、そのまま付き合うことに。 どうやって別れようか悩んでいた良典だけど、彼氏(?)の圧倒的顔の良さとさわやかさと性格の良さにきゅんとする毎日。男同士だけど、楽しいし幸せだしあいつのこと大好きだし、まあいっか……なちょろくてゆるい感じで付き合っているうちに、どんどん相手のことが大好きになっていく。 間違いから始まった二人のほのぼの平和な胸キュンお付き合いライフ。 2021.07.15〜2021.07.16

僕たち、結婚することになりました

リリーブルー
BL
俺は、なぜか知らないが、会社の後輩(♂)と結婚することになった! 後輩はモテモテな25歳。 俺は37歳。 笑えるBL。ラブコメディ💛 fujossyの結婚テーマコンテスト応募作です。

オレに触らないでくれ

mahiro
BL
見た目は可愛くて綺麗なのに動作が男っぽい、宮永煌成(みやなが こうせい)という男に一目惚れした。 見た目に反して声は低いし、細い手足なのかと思いきや筋肉がしっかりとついていた。 宮永の側には幼なじみだという宗方大雅(むなかた たいが)という男が常におり、第三者が近寄りがたい雰囲気が漂っていた。 高校に入学して環境が変わってもそれは変わらなくて。 『漫画みたいな恋がしたい!』という執筆中の作品の登場人物目線のお話です。所々リンクするところが出てくると思います。

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

【BL】はるおみ先輩はトコトン押しに弱い!

三崎こはく
BL
 サラリーマンの赤根春臣(あかね はるおみ)は、決断力がなく人生流されがち。仕事はへっぽこ、飲み会では酔い潰れてばかり、 果ては29歳の誕生日に彼女にフラれてしまうというダメっぷり。  ある飲み会の夜。酔っ払った春臣はイケメンの後輩・白浜律希(しらはま りつき)と身体の関係を持ってしまう。  大変なことをしてしまったと焦る春臣。  しかしその夜以降、律希はやたらグイグイ来るように――?  イケメンワンコ後輩×押しに弱いダメリーマン★☆軽快オフィスラブ♪ ※別サイトにも投稿しています

とある冒険者達の話

灯倉日鈴(合歓鈴)
BL
平凡な魔法使いのハーシュと、美形天才剣士のサンフォードは幼馴染。 ある日、ハーシュは冒険者パーティから追放されることになって……。 ほのぼの執着な短いお話です。

そういった理由で彼は問題児になりました

まめ
BL
非王道生徒会をリコールされた元生徒会長が、それでも楽しく学校生活を過ごす話。

逃げるが勝ち

うりぼう
BL
美形強面×眼鏡地味 ひょんなことがきっかけで知り合った二人。 全力で追いかける強面春日と全力で逃げる地味眼鏡秋吉の攻防。

処理中です...