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土曜日
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オフィス街に入ると、休日だけに静かだった。向晴が選んだ定食屋は、シックな木目調の内装が特徴のきれいな店で、感じのいい店員が角のテーブル席を案内してくれた。
ようやく人心地ついてスーツの上衣を脱ぐと、いまさらのようになぜかネクタイがないことに気づくが、今はどうでもいい話だ。
「おまえ、なにも聞かないんだな……」
「その格好さえ見れば、ほとんど何があったかは予測できますって」
頬杖をついてメニューを眺めていた向晴は、いたずらそうに笑う。
「え。そんなにヒドいことになってるのか?」
たしかに鏡を見る余裕などなかったが、ちょっとショックだ。
「……これとか、気づいてましたか」
向晴は左手を伸ばすと、無造作に俺の額を掴んだ。
「え、ちょ──っ!」
「目、閉じててください」
ひどくマジメな顔をすると向晴は腰を浮かせ、右手の親指を伸ばしてくる。何をされるのか内心では冷や汗をかいていたが、その指は俺の眉間を拭うように押すのみだった。
「最初は血にも見えましたけど、やっぱりただの泥ですね……」
その指を拭ったおしぼりを、向晴は俺に広げて見せた。たしかに粘土のような色だ。
「なんでそんなもんが顔に……」
「舜さん、顔赤いっすよ。なに照れてるんですか?」
「べつに照れてねーよ!」
情勢は明らかに不利だった。好き放題にからかわれても、反撃できないのが悔しい。
「とりあえず顔でも洗ってきたらどうっすか。オレ、なんか食ってるんで」
「おお。好きなもん好きなだけ食え──って、まさか昼メシも食ってないのか!」
「映画見る前に牛丼、特盛りで食いましたけど──?」
思わず、安堵のため息を漏らす。
「ていうか、このあと寿司でも焼肉でも何でもオゴるぞ」
「食欲ないくせに、そんな食いモンの話ばっかりしなくていいっすよ……」
手を振って見送られ、またもトイレに入る。鏡を見た瞬間、俺は言葉を失った。顔色は悪く、ところどころ泥のようなもので汚れている。シワだらけのワイシャツ、派手な寝癖。
たしかに我ながら、よくここまで走ってこれたなと思う姿だった。そして今さらのように気がついたが、まだ少し酒くさいような……。
もはや、──ため息すら出てこなかった。
ようやく人心地ついてスーツの上衣を脱ぐと、いまさらのようになぜかネクタイがないことに気づくが、今はどうでもいい話だ。
「おまえ、なにも聞かないんだな……」
「その格好さえ見れば、ほとんど何があったかは予測できますって」
頬杖をついてメニューを眺めていた向晴は、いたずらそうに笑う。
「え。そんなにヒドいことになってるのか?」
たしかに鏡を見る余裕などなかったが、ちょっとショックだ。
「……これとか、気づいてましたか」
向晴は左手を伸ばすと、無造作に俺の額を掴んだ。
「え、ちょ──っ!」
「目、閉じててください」
ひどくマジメな顔をすると向晴は腰を浮かせ、右手の親指を伸ばしてくる。何をされるのか内心では冷や汗をかいていたが、その指は俺の眉間を拭うように押すのみだった。
「最初は血にも見えましたけど、やっぱりただの泥ですね……」
その指を拭ったおしぼりを、向晴は俺に広げて見せた。たしかに粘土のような色だ。
「なんでそんなもんが顔に……」
「舜さん、顔赤いっすよ。なに照れてるんですか?」
「べつに照れてねーよ!」
情勢は明らかに不利だった。好き放題にからかわれても、反撃できないのが悔しい。
「とりあえず顔でも洗ってきたらどうっすか。オレ、なんか食ってるんで」
「おお。好きなもん好きなだけ食え──って、まさか昼メシも食ってないのか!」
「映画見る前に牛丼、特盛りで食いましたけど──?」
思わず、安堵のため息を漏らす。
「ていうか、このあと寿司でも焼肉でも何でもオゴるぞ」
「食欲ないくせに、そんな食いモンの話ばっかりしなくていいっすよ……」
手を振って見送られ、またもトイレに入る。鏡を見た瞬間、俺は言葉を失った。顔色は悪く、ところどころ泥のようなもので汚れている。シワだらけのワイシャツ、派手な寝癖。
たしかに我ながら、よくここまで走ってこれたなと思う姿だった。そして今さらのように気がついたが、まだ少し酒くさいような……。
もはや、──ため息すら出てこなかった。
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