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土曜日
PM 14:00
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俺はベッドで頭を抱えていた。
しかも、ここは見知らぬ部屋で。窓から射すのは朝日ではなく、すでに透明さを失った午後のものだった。
「やっちまった……!」
となりに寝ている杉田に関しては問題じゃない。お互いに服を着ているし──いや、そういう話ではなく。この際、杉田に持ち帰られたとか杉田を持ち帰った、とか言っている場合でもない。
「時計もないのかよ、この部屋は!」
気持ち悪そうに熟睡している杉田に舌打ちすると、俺は立ち上がり自分の荷物を探す。カバンとコートは、なぜか玄関を上がってすぐのところに落ちていた。携帯は、コートのポケットから出てきた。
「マジか……最悪だな」
画面は真っ暗だった──電源も入らない。俺は理不尽な怒りを杉田にぶつける。
「おい、起きろ杉田! 携帯の充電器どこだ?」
「……あれ、榊じゃん。なんでウチにいるんだ?」
俺は、ワイシャツのままの杉田の襟をつかんで上下に揺する。
「だから、携帯の充電器! 持ってんだろ!」
「あー、それならパソコンにつながってんじゃねーかな。うっ……」
杉田は顔面蒼白になるとトイレに駆け込んだ。ここは悪いが、放置だ。俺は勝手にパソコンの電源を入れて、充電器を携帯に差し込む。
電源はすぐに入った。表示された時刻は、午後二時二十分──血の気が引くのが分かる。続いて受信するメッセージが十数件あった。そのうち最新の五件ほどが向晴のものだった。
『昨日は無事でしたか? オレは予定通り着きそうです(11:25)』
『今どこっすか?(12:09)』
『電話ダメっすね。圏外ですか?(12:27)』
『映画はじまるまで待ってます(13:16)』
……指先にも、いやな汗を感じる。
『オレも電波の届かない世界に行きます(14:01)』
これがラスト、最後のメッセージであった。
「っておい──っだぁああ!」
壁に額をたたきつけたい気持ちを抑えつつ、アドレス帳から即、向晴にコールする。しばしの沈黙のあと、機械音声アナウンスは告げた。
『おかけになった電話は、電波の届かない場所にあるか、電源が──』
「だよなぁ。そうだよなぁ……」
もう映画館に入っているのだろう。俺は崩れ落ちて床を見つめた。ほぼ諦めムードで、もう一度コール。結果は変わらなかった。
「なぁ杉田! ここの最寄駅ってどこだ?」
待っていると、しばらくして弱く応答があった。
「──ぃ、それどころじゃねー……」
「こっちもそれどころじゃねんだ。いいから吐け!」
「川口だよ、東川口……うっ」
「別路線じゃねーか、クソ!」
言い捨ててコートを羽織ると俺は部屋を出た。ドアが閉じる前あたりで、部屋の主からなにか呪詛の言葉が聞こえた気がするが、これも今の俺にはどうでもよかった。
アプリの地図を頼りに駅に向かう途中、見かけたコンビニで乾電池タイプの充電器と水を買い、カバンから取り出した頭痛薬を飲み込んでひたすら歩く。どうも杉田の住むアパートはバスでの通勤が前提のようで、どれだけ歩いても駅は遠かった。
ほとんど反射的につかまえたタクシーに「駅まで……」と告げると、運転手に揺すられて目を覚ましたのが駅前だった。どうやら一瞬で熟睡していたらしい。いったいどんだけ飲んだら、こんなことになるんだろうか。
頭痛はマシになったが、気持ちが悪い。気合いだけで突き進むと、自動改札によって進路をふさがれる。よりによって、このタイミングでチャージ切れとは……なんだか簡単に折れてしまいそうな心を叱咤激励しつつ、なんとかホームに立つ。
息を切らせながらようやくホームに立っていると、目の前を特急列車が思い切り通過していった。何だか、すべての展開が俺にとって逆風となっているかのようだ。
必死で路線の検索をする──現在時刻は午後三時半。目的地、池袋への到着時刻は、最速でも午後四時二十分だった。ギリギリだ。いや、さすがに映画が終われば向晴も携帯の電源くらい入れるだろう。そう願うしかない。
しかも、ここは見知らぬ部屋で。窓から射すのは朝日ではなく、すでに透明さを失った午後のものだった。
「やっちまった……!」
となりに寝ている杉田に関しては問題じゃない。お互いに服を着ているし──いや、そういう話ではなく。この際、杉田に持ち帰られたとか杉田を持ち帰った、とか言っている場合でもない。
「時計もないのかよ、この部屋は!」
気持ち悪そうに熟睡している杉田に舌打ちすると、俺は立ち上がり自分の荷物を探す。カバンとコートは、なぜか玄関を上がってすぐのところに落ちていた。携帯は、コートのポケットから出てきた。
「マジか……最悪だな」
画面は真っ暗だった──電源も入らない。俺は理不尽な怒りを杉田にぶつける。
「おい、起きろ杉田! 携帯の充電器どこだ?」
「……あれ、榊じゃん。なんでウチにいるんだ?」
俺は、ワイシャツのままの杉田の襟をつかんで上下に揺する。
「だから、携帯の充電器! 持ってんだろ!」
「あー、それならパソコンにつながってんじゃねーかな。うっ……」
杉田は顔面蒼白になるとトイレに駆け込んだ。ここは悪いが、放置だ。俺は勝手にパソコンの電源を入れて、充電器を携帯に差し込む。
電源はすぐに入った。表示された時刻は、午後二時二十分──血の気が引くのが分かる。続いて受信するメッセージが十数件あった。そのうち最新の五件ほどが向晴のものだった。
『昨日は無事でしたか? オレは予定通り着きそうです(11:25)』
『今どこっすか?(12:09)』
『電話ダメっすね。圏外ですか?(12:27)』
『映画はじまるまで待ってます(13:16)』
……指先にも、いやな汗を感じる。
『オレも電波の届かない世界に行きます(14:01)』
これがラスト、最後のメッセージであった。
「っておい──っだぁああ!」
壁に額をたたきつけたい気持ちを抑えつつ、アドレス帳から即、向晴にコールする。しばしの沈黙のあと、機械音声アナウンスは告げた。
『おかけになった電話は、電波の届かない場所にあるか、電源が──』
「だよなぁ。そうだよなぁ……」
もう映画館に入っているのだろう。俺は崩れ落ちて床を見つめた。ほぼ諦めムードで、もう一度コール。結果は変わらなかった。
「なぁ杉田! ここの最寄駅ってどこだ?」
待っていると、しばらくして弱く応答があった。
「──ぃ、それどころじゃねー……」
「こっちもそれどころじゃねんだ。いいから吐け!」
「川口だよ、東川口……うっ」
「別路線じゃねーか、クソ!」
言い捨ててコートを羽織ると俺は部屋を出た。ドアが閉じる前あたりで、部屋の主からなにか呪詛の言葉が聞こえた気がするが、これも今の俺にはどうでもよかった。
アプリの地図を頼りに駅に向かう途中、見かけたコンビニで乾電池タイプの充電器と水を買い、カバンから取り出した頭痛薬を飲み込んでひたすら歩く。どうも杉田の住むアパートはバスでの通勤が前提のようで、どれだけ歩いても駅は遠かった。
ほとんど反射的につかまえたタクシーに「駅まで……」と告げると、運転手に揺すられて目を覚ましたのが駅前だった。どうやら一瞬で熟睡していたらしい。いったいどんだけ飲んだら、こんなことになるんだろうか。
頭痛はマシになったが、気持ちが悪い。気合いだけで突き進むと、自動改札によって進路をふさがれる。よりによって、このタイミングでチャージ切れとは……なんだか簡単に折れてしまいそうな心を叱咤激励しつつ、なんとかホームに立つ。
息を切らせながらようやくホームに立っていると、目の前を特急列車が思い切り通過していった。何だか、すべての展開が俺にとって逆風となっているかのようだ。
必死で路線の検索をする──現在時刻は午後三時半。目的地、池袋への到着時刻は、最速でも午後四時二十分だった。ギリギリだ。いや、さすがに映画が終われば向晴も携帯の電源くらい入れるだろう。そう願うしかない。
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