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金曜日
AM 8:00
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平日の終わり。約束では通勤、通学をともにする最後の日だが、向晴は相変わらずの調子だった。
「平気っすか、寝不足にしか見えないですけど。今日、たしか飲み会でしたよね?」
「よ、余裕だっての……俺、わりと酒豪だし?」
「その前に入店拒否されたりしませんか。見た目的な意味で」
さわやかな笑顔で、平然と言い放つ──実は腹黒いな、こいつ。
「……意外と根に持つタイプだよな、おまえ」
「んなことないっす。でも身分証はちゃんと携帯してくださいね?」
にこにこと笑う向晴との距離をつめると、無言でボディブローをかましてやる。
「ぐ──ッ!」
「調子に乗んな小僧……っつーか、俺の拳のほうが痛ぇわ!」
もちろん手加減はしたが、軽く跳ね返されたような手応えがあった。痩せて見えても全身が鋼のような筋肉で覆われている、というところか。
「すんません、ホントのこと言い過ぎました。ところで」
「なんだよ──?」
見ると、いきなり神妙な面持ちをしている。
「舜さんは、フラれたことってありますか?」
「……いや、ない」
向晴は、なぜか納得したように頷いた。
「そうっすよね。舜さんに告られて断る女なんかいなそうだし」
「いや違う。そもそも告白したこと、ってのがない」
「それって、自慢か何かっすか……?」
「告られて、付き合って。そんで自然消滅ってパターンが多いな。なんか知らんけど」
思えば高校時代から、ずっとそれを繰り返してきた気がする。
「……ああ、なんとなく分かる気がします」
なにが分かったんだと突っ込みたかったが、やめておいた。もう降車駅が近づいている。向晴もそれに気づいたのか、姿勢を正した。
「明日、正午でいいんすよね──?」
「池袋の東口だろ。問題ねーよ」
「べつにオレは、もっと遅くても大丈夫ですけど?」
なにが不満なのか気に食わないのか、向晴の表情は浮かない。
「今日は定時で上がりだ。飲み会つってもみんな疲れてるからな、さすがに二次会とかもないだろ」
「ならいいんですけど。なんかあったら連絡してくださいよ?」
「むしろ心配なのは、おまえの遅刻だろ──」
ようやく向晴は、納得したようだった。電車がゆっくりと、駅に進入していく。
「あのな。向晴」
「はい」
いつもとは俺の声色が違うのに、向晴は敏感に反応していた。
「おまえ、故障したんだってな?」
すぐに顔色を失った向晴の右腕は、つり革から滑り落ちる。
「知ってたんですか……」
「それ、本当なのか──?」
沈黙。余計な音は、聞こえなかった。
「本当ですよ」
ドアが開く。向晴は痛ましく笑うと、ホームに降りた。その背中にかける言葉は見つからず、苦しまぎれに俺は手を伸ばす。
だがその未練を断ち切るようにして、ドアは容赦なく閉ざされた。
「平気っすか、寝不足にしか見えないですけど。今日、たしか飲み会でしたよね?」
「よ、余裕だっての……俺、わりと酒豪だし?」
「その前に入店拒否されたりしませんか。見た目的な意味で」
さわやかな笑顔で、平然と言い放つ──実は腹黒いな、こいつ。
「……意外と根に持つタイプだよな、おまえ」
「んなことないっす。でも身分証はちゃんと携帯してくださいね?」
にこにこと笑う向晴との距離をつめると、無言でボディブローをかましてやる。
「ぐ──ッ!」
「調子に乗んな小僧……っつーか、俺の拳のほうが痛ぇわ!」
もちろん手加減はしたが、軽く跳ね返されたような手応えがあった。痩せて見えても全身が鋼のような筋肉で覆われている、というところか。
「すんません、ホントのこと言い過ぎました。ところで」
「なんだよ──?」
見ると、いきなり神妙な面持ちをしている。
「舜さんは、フラれたことってありますか?」
「……いや、ない」
向晴は、なぜか納得したように頷いた。
「そうっすよね。舜さんに告られて断る女なんかいなそうだし」
「いや違う。そもそも告白したこと、ってのがない」
「それって、自慢か何かっすか……?」
「告られて、付き合って。そんで自然消滅ってパターンが多いな。なんか知らんけど」
思えば高校時代から、ずっとそれを繰り返してきた気がする。
「……ああ、なんとなく分かる気がします」
なにが分かったんだと突っ込みたかったが、やめておいた。もう降車駅が近づいている。向晴もそれに気づいたのか、姿勢を正した。
「明日、正午でいいんすよね──?」
「池袋の東口だろ。問題ねーよ」
「べつにオレは、もっと遅くても大丈夫ですけど?」
なにが不満なのか気に食わないのか、向晴の表情は浮かない。
「今日は定時で上がりだ。飲み会つってもみんな疲れてるからな、さすがに二次会とかもないだろ」
「ならいいんですけど。なんかあったら連絡してくださいよ?」
「むしろ心配なのは、おまえの遅刻だろ──」
ようやく向晴は、納得したようだった。電車がゆっくりと、駅に進入していく。
「あのな。向晴」
「はい」
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「おまえ、故障したんだってな?」
すぐに顔色を失った向晴の右腕は、つり革から滑り落ちる。
「知ってたんですか……」
「それ、本当なのか──?」
沈黙。余計な音は、聞こえなかった。
「本当ですよ」
ドアが開く。向晴は痛ましく笑うと、ホームに降りた。その背中にかける言葉は見つからず、苦しまぎれに俺は手を伸ばす。
だがその未練を断ち切るようにして、ドアは容赦なく閉ざされた。
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