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水曜日
AM 8:30
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「それより舜さん、寝不足っすね?」
たしかに「先輩」と呼ぶなとは言ったが、いきなり「舜さん」呼ばわりして違和感を抱かせないのは、その性格ゆえか。
「残業がちょっとな……前から聞きたかったんだけど、俺ってそんなに疲れて見えるのか?」
月曜日。夜にもらったメールで指摘されていたことだが。
「疲れてる。誰がです?」
「おまえが言ったんだろ。月曜日のメールで『疲れてるみたいだから寝ろ』って」
「そうでしたっけ──?」
脱力。だいぶ前から気づいてはいたが、やはりこいつは天然系だ。
「ああ……よくは覚えてないんですけど」
「ん──?」
「あの日の舜さんは、なんか無理してリラックスしてるような気がしたんです」
不意を突かれて鼓動が跳ね上がるのがわかる。記憶を辿るように視線をめぐらせながら向晴が口にしたセリフは、あのときの俺の真情を思いのほか的確に表していた。
無理してリラックスしてるように見えた、か……。
あまり主将らしくもない向晴だが、しっかり見るところは見ているということか。他人の体調だとか、メンタル的な部分も含めて。
そうすると途端に、なにか負けたような気がして悔しい。大人びた顔つきとか、身にまとう落ち着いた空気も相まって。俺よりも、だいぶ年下なのに。
「あのさ。俺、もしかしたら……」
しばらく本社には帰れない。引き続き、この時間、この電車で通勤することになるだろう──そう告げようとしてやめた。
向晴にしてみれば俺は、寝坊して遅刻した学校行事に向かう電車で、たまたま乗り合わせただけのOBに過ぎないのだし。一週間の期限つきで通勤、通学電車を待ち合わせているのは何かの縁だが、それも「そこから先」はないと知ればこそだろう。ちゃんと期限があるからこそ、そのときには「来週もがんばれ」と、気軽に終わらせられるから。
結局のところ俺たちは先輩、後輩の間柄で──それ以上でも、それ以下でもないんだから。
「もしかしたら……?」
「いや、なんでもない。気にすんな」
向晴は一瞬だけ怪訝そうな顔つきになったが、すぐに静かに、どこか困ったように笑う。
「舜さんは、今日も残業になりそうなんですか?」
「やー、間違いねーなぁ……」
「明日はオレ、バイトだし。週末──金曜なんて、どう考えても無理っすよね?」
って、いきなり何の話だよ──。
「月曜日のお礼、つーかお詫びっつーか。一緒に飯でもどうかなって……相談したいこともあるんで」
照れて後頭部に触れる仕草は、でかい図体にそぐわなくて、俺は笑った。
「あのな。おまえがどう思ってても構わないけどさ、俺は高校生にオゴらせるつもりなんて一切ねーぞ」
「じゃあ、OKっすか?」
「いや、それが金曜はダメなんだよ。なんか会社の飲み会があるらしいんだけど……。土日なら、俺は大丈夫」
本来なら「送別会」となるはずだった飲み会は、すでに公然と「歓迎会」設定になっているのが明らかだったが。
ドアの開く効果音を鳴り響かせて電車が止まったのは、向晴の降りる駅だった。そのタイミングのよさに、俺たちは笑う。
「そんじゃ土曜っすね。あとでまた連絡します!」
ホームに駆け出していくのを見送って、軽く手を上げる。朝の通勤の他にも会う口実ができたことに、たぶん俺は浮かれていたんだ。日を追うごとに憂鬱になっていく通勤。向晴の屈託ない明るさにはどこか救われる心地がしていたから。
土曜日はどこに、何を食いにいこうか──などと考えながら会社の受付、自動ドアのセキュリティをIDカードで解除する。スーツの上着を脱いでパソコンを立ち上げると社内システムのマイページには、新着情報として俺の出向延長の辞令が表示されている。
つまり、炎上試合の延長戦が正式に決定した瞬間、だった。
たしかに「先輩」と呼ぶなとは言ったが、いきなり「舜さん」呼ばわりして違和感を抱かせないのは、その性格ゆえか。
「残業がちょっとな……前から聞きたかったんだけど、俺ってそんなに疲れて見えるのか?」
月曜日。夜にもらったメールで指摘されていたことだが。
「疲れてる。誰がです?」
「おまえが言ったんだろ。月曜日のメールで『疲れてるみたいだから寝ろ』って」
「そうでしたっけ──?」
脱力。だいぶ前から気づいてはいたが、やはりこいつは天然系だ。
「ああ……よくは覚えてないんですけど」
「ん──?」
「あの日の舜さんは、なんか無理してリラックスしてるような気がしたんです」
不意を突かれて鼓動が跳ね上がるのがわかる。記憶を辿るように視線をめぐらせながら向晴が口にしたセリフは、あのときの俺の真情を思いのほか的確に表していた。
無理してリラックスしてるように見えた、か……。
あまり主将らしくもない向晴だが、しっかり見るところは見ているということか。他人の体調だとか、メンタル的な部分も含めて。
そうすると途端に、なにか負けたような気がして悔しい。大人びた顔つきとか、身にまとう落ち着いた空気も相まって。俺よりも、だいぶ年下なのに。
「あのさ。俺、もしかしたら……」
しばらく本社には帰れない。引き続き、この時間、この電車で通勤することになるだろう──そう告げようとしてやめた。
向晴にしてみれば俺は、寝坊して遅刻した学校行事に向かう電車で、たまたま乗り合わせただけのOBに過ぎないのだし。一週間の期限つきで通勤、通学電車を待ち合わせているのは何かの縁だが、それも「そこから先」はないと知ればこそだろう。ちゃんと期限があるからこそ、そのときには「来週もがんばれ」と、気軽に終わらせられるから。
結局のところ俺たちは先輩、後輩の間柄で──それ以上でも、それ以下でもないんだから。
「もしかしたら……?」
「いや、なんでもない。気にすんな」
向晴は一瞬だけ怪訝そうな顔つきになったが、すぐに静かに、どこか困ったように笑う。
「舜さんは、今日も残業になりそうなんですか?」
「やー、間違いねーなぁ……」
「明日はオレ、バイトだし。週末──金曜なんて、どう考えても無理っすよね?」
って、いきなり何の話だよ──。
「月曜日のお礼、つーかお詫びっつーか。一緒に飯でもどうかなって……相談したいこともあるんで」
照れて後頭部に触れる仕草は、でかい図体にそぐわなくて、俺は笑った。
「あのな。おまえがどう思ってても構わないけどさ、俺は高校生にオゴらせるつもりなんて一切ねーぞ」
「じゃあ、OKっすか?」
「いや、それが金曜はダメなんだよ。なんか会社の飲み会があるらしいんだけど……。土日なら、俺は大丈夫」
本来なら「送別会」となるはずだった飲み会は、すでに公然と「歓迎会」設定になっているのが明らかだったが。
ドアの開く効果音を鳴り響かせて電車が止まったのは、向晴の降りる駅だった。そのタイミングのよさに、俺たちは笑う。
「そんじゃ土曜っすね。あとでまた連絡します!」
ホームに駆け出していくのを見送って、軽く手を上げる。朝の通勤の他にも会う口実ができたことに、たぶん俺は浮かれていたんだ。日を追うごとに憂鬱になっていく通勤。向晴の屈託ない明るさにはどこか救われる心地がしていたから。
土曜日はどこに、何を食いにいこうか──などと考えながら会社の受付、自動ドアのセキュリティをIDカードで解除する。スーツの上着を脱いでパソコンを立ち上げると社内システムのマイページには、新着情報として俺の出向延長の辞令が表示されている。
つまり、炎上試合の延長戦が正式に決定した瞬間、だった。
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