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火曜日
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「ああ、昨日の少年じゃないか」
内心の焦りを悟られまいとするが、どうにも思考が追いつかない。だが少年は、どうやら俺の内情など気にせず笑うようだった。
「はい! すげー偶然っすね」
「……本当だな。少年は、毎朝この電車なのか?」
まだ半分以上は眠っていたような昨日の朝とはギャップのはげしい、曇りのない笑顔がまぶしかった。自然と俺は、目を細めるようにする。
「この車両だと、学校がある駅の階段まで近いじゃないっすか?」
言われてみれば、そうだったかもしれない──さすがに覚えていなかったが。
「先輩は、いつもは昨日くらいの時間なんですか?」
いや──、と俺は苦笑せざるをえない。
「昨日は遅くなったんだよ、じつは俺も」
「へぇ。いままで会わなかったのが不思議っつーか、もしかしたら会ってたのかもしんないっすね!」
「いや、それはないな」
それは断言できる。
「先週までは本社勤務だった──本社は渋谷だから上りのホームになる。今はこっちの支社に出張中で、一週間だけの応援ってワケだ。一応な」
「一週間、ですか……」
気持ち消沈したように見えたのは、たぶん俺の思い上がりだろう。
「あ、これ忘れないうちにお返しします」
手渡されたのは俺の名刺だった。返すもなにも、渡した名刺が返ってくるというのは初めてのことだったが。
「べつに返さなくていいんだぞ。そういうもんは」
「……そうなんすか?」
「うん。それに名刺を相手に返すのは、ビジネスマナー的にはNGだな。覚えといて損はない」
冗談めかして口にしたつもりだったのだが、少年は「スンマセン」とつぶやき、うつむいてしまった。たぶん根が素直なのだろう。あまりいじるのも気の毒なので、俺は話題を変えることにした。
「そういや──大会は三位だったんだって? 遅刻したくせにな」
すると、すぐに笑顔を取りもどす。素直というか単純というか。
「はい! それでも怒られましたけどね……」
「遅刻を、か?」
「いや、それもそうなんですけど、三位で終わったことっす。オレ、夏までは一応、陸上部の主将だったんで」
聞いてみると主将に相応しいキャラクターのようにも思えたし、それにしては間が抜けているようにも思えた。
「ん……? てことは、少年は受験生か」
「受験はしませんけどね」
「じゃあ──就職か?」
「推薦っす。いまは教習所とかバイトとか、好きなことやってますよ」
それを本当にうれしそうに言うので、俺は皮肉のひとつも思い浮かばなかった。
それからしばらくは他愛もない雑談がつづいた。どうやら少年が住む街は、俺の実家からでも近所であり、いま俺が住んでいるアパートのある駅からも駅間にして五つほどしか離れていないらしい。
そして少年が通っているという教習所も、かつて俺が免許を取得した教習所で──会話は途切れることもなく、互いの共通点の多さにはさすがに驚いていた。
「……あの、先輩。できたらオレのこと『少年』て呼ぶのやめて欲しいんですけど」
不意にあらたまった表情をすると、少年はそんなことを言いはじめる。
「実際、年下なんだから別にいいだろ」
「オレ……そんなガキっぽいっスか?」
なぜか真剣味をおびた声音に見上げると、めずらしく困ったような顔をしている。
「見た目よりも中身がな、ガキっつーか若いし」
「……むしろ傷つきますって、それ」
落胆したのか、肩を落として嘆息する様子は、どうにも嗜虐心をくすぐる──だが少年は、なにか思いついたように顔を輝かせた。
「あぁ。じゃあ先輩は見た目よりも、中身が──」
「老けてるってか。うるせーわ!」
すると、はじけたように笑う。なんだろう、イジってるつもりで実はイジられてるのは俺なのか。
「先輩。金曜日までなんすよね──?」
「ああ、そのはずだけど……?」
名目上の一週間──おそらく明日か明後日までには、そのタイムリミットの延長が宣告されるだろうと俺は読んでいるが。しかし唐突になにを言い出すんだろう。
「じゃあそれまで、この電車で行きませんか?」
思いもよらぬ提案を、すぐには理解できなかった。
「俺と、か──?」
「はい!」
一緒に通学する友達とかいないんだろうか、などと俺は余計な心配をしてしまう。
「オレ、電車の時間とかバラバラだし、だいたい遅刻ギリギリで。推薦も決まってんだからいい加減にしろって担任にも言われてて……」
なぜか必死に弁解する姿に、俺もようやく素直に笑うことができた。
「いいよ」
「──マジすか!」
「いいけど、おまえも俺のこと『先輩』って呼ぶのやめろな」
「了解っす!」
うれしそうな顔に悪い気はしないが、そんな自分を何だか不思議にも思っていた。
内心の焦りを悟られまいとするが、どうにも思考が追いつかない。だが少年は、どうやら俺の内情など気にせず笑うようだった。
「はい! すげー偶然っすね」
「……本当だな。少年は、毎朝この電車なのか?」
まだ半分以上は眠っていたような昨日の朝とはギャップのはげしい、曇りのない笑顔がまぶしかった。自然と俺は、目を細めるようにする。
「この車両だと、学校がある駅の階段まで近いじゃないっすか?」
言われてみれば、そうだったかもしれない──さすがに覚えていなかったが。
「先輩は、いつもは昨日くらいの時間なんですか?」
いや──、と俺は苦笑せざるをえない。
「昨日は遅くなったんだよ、じつは俺も」
「へぇ。いままで会わなかったのが不思議っつーか、もしかしたら会ってたのかもしんないっすね!」
「いや、それはないな」
それは断言できる。
「先週までは本社勤務だった──本社は渋谷だから上りのホームになる。今はこっちの支社に出張中で、一週間だけの応援ってワケだ。一応な」
「一週間、ですか……」
気持ち消沈したように見えたのは、たぶん俺の思い上がりだろう。
「あ、これ忘れないうちにお返しします」
手渡されたのは俺の名刺だった。返すもなにも、渡した名刺が返ってくるというのは初めてのことだったが。
「べつに返さなくていいんだぞ。そういうもんは」
「……そうなんすか?」
「うん。それに名刺を相手に返すのは、ビジネスマナー的にはNGだな。覚えといて損はない」
冗談めかして口にしたつもりだったのだが、少年は「スンマセン」とつぶやき、うつむいてしまった。たぶん根が素直なのだろう。あまりいじるのも気の毒なので、俺は話題を変えることにした。
「そういや──大会は三位だったんだって? 遅刻したくせにな」
すると、すぐに笑顔を取りもどす。素直というか単純というか。
「はい! それでも怒られましたけどね……」
「遅刻を、か?」
「いや、それもそうなんですけど、三位で終わったことっす。オレ、夏までは一応、陸上部の主将だったんで」
聞いてみると主将に相応しいキャラクターのようにも思えたし、それにしては間が抜けているようにも思えた。
「ん……? てことは、少年は受験生か」
「受験はしませんけどね」
「じゃあ──就職か?」
「推薦っす。いまは教習所とかバイトとか、好きなことやってますよ」
それを本当にうれしそうに言うので、俺は皮肉のひとつも思い浮かばなかった。
それからしばらくは他愛もない雑談がつづいた。どうやら少年が住む街は、俺の実家からでも近所であり、いま俺が住んでいるアパートのある駅からも駅間にして五つほどしか離れていないらしい。
そして少年が通っているという教習所も、かつて俺が免許を取得した教習所で──会話は途切れることもなく、互いの共通点の多さにはさすがに驚いていた。
「……あの、先輩。できたらオレのこと『少年』て呼ぶのやめて欲しいんですけど」
不意にあらたまった表情をすると、少年はそんなことを言いはじめる。
「実際、年下なんだから別にいいだろ」
「オレ……そんなガキっぽいっスか?」
なぜか真剣味をおびた声音に見上げると、めずらしく困ったような顔をしている。
「見た目よりも中身がな、ガキっつーか若いし」
「……むしろ傷つきますって、それ」
落胆したのか、肩を落として嘆息する様子は、どうにも嗜虐心をくすぐる──だが少年は、なにか思いついたように顔を輝かせた。
「あぁ。じゃあ先輩は見た目よりも、中身が──」
「老けてるってか。うるせーわ!」
すると、はじけたように笑う。なんだろう、イジってるつもりで実はイジられてるのは俺なのか。
「先輩。金曜日までなんすよね──?」
「ああ、そのはずだけど……?」
名目上の一週間──おそらく明日か明後日までには、そのタイムリミットの延長が宣告されるだろうと俺は読んでいるが。しかし唐突になにを言い出すんだろう。
「じゃあそれまで、この電車で行きませんか?」
思いもよらぬ提案を、すぐには理解できなかった。
「俺と、か──?」
「はい!」
一緒に通学する友達とかいないんだろうか、などと俺は余計な心配をしてしまう。
「オレ、電車の時間とかバラバラだし、だいたい遅刻ギリギリで。推薦も決まってんだからいい加減にしろって担任にも言われてて……」
なぜか必死に弁解する姿に、俺もようやく素直に笑うことができた。
「いいよ」
「──マジすか!」
「いいけど、おまえも俺のこと『先輩』って呼ぶのやめろな」
「了解っす!」
うれしそうな顔に悪い気はしないが、そんな自分を何だか不思議にも思っていた。
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