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月曜日
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都心から離れていく電車には乗客も少なくて、それぞれの表情にも余裕があるように見える。朝を快適だと思えたのは、何だかひさしぶりだった。
今回の仕事は、都内にある本社から県内支社への応援という形になる。だけど支社には何度か行ったことがあるし、知り合い──というか同期も数名いる。
しかし、混雑していない電車というのは思いのほか快適だった。いつ誰が乗車してきても席を立つ必要がなさそうで、プレッシャーもなく理想的だ。
そもそも一週間と期限も区切られているためか、あまり緊張感もない月曜日。窓からの日射しは暖かいが、きっと外の風は冷たいのだろうという秋の朝、だった。
社会人とはいえ二年目も終わりだ。俺も新人気分の抜けきった時期ではあるが、今はまだ特に重い責任も負っていない。
そうして、あらためて電車内を見渡すと、こんなにガラガラに空いているというのに、なぜか目の前には吊り革を両手で持ち全体重を預けて、棒立ちになった男の姿がある。乗車してきたときから何となく気になっていたのは、フラつく全身と、それに抗うような必死の形相──そうして、そもそもなぜ座らないのかという疑問があったからだ。
駅伝選手が競技前に着るような紺色の厚手のジャージを身にまとう彼は、たぶん高校生で、ほんとうに陸上部員なのかもしれないと思う。その痩躯は、長距離選手を連想させたから。
それから、あえて『男』と表現したのは俺よりずいぶん大柄なこと、それから苦渋に満ちたような寝顔で下を向いているために実際の表情がはっきりとは見えないのが理由だ。
そして、つり革に体重を預けているせいか電車の揺れに合わせてはグラグラしている。たまに膝がガクンと落ち、その一瞬だけ我に返るがまた、すぐに寝落ちる。
そのくりかえしを見るのはどこか微笑ましいのだが、この七人がけの座席に座っているのは俺だけなんだから遠慮なく座ればいいのに、と思ってしまう。なんだろう。目的地を乗り過ごすまいという根性なのか、若さゆえの意地みたいなものか。
いずれにしても、こんなふうに半分くらい眠ったままでは目的駅も乗り過ごしてしまいそうに見えた──それにしても、この格好には見覚えがあるような気がするのだが……。
とりあえず目の前の男の存在については忘れることにして、俺は携帯のアドレス帳を編集していた。そのとき電車が陸橋に差しかかり、ひときわ大きい揺れが車内を襲う。
座っている俺には特にどうということもなかったが、つり革に身を預けていただけの彼は、ひとたまりもなかったようだ。
重力そのままに崩れ落ちてくる身体はスローモーションにみえた。これをスルーしてしまって床に激突させるのは、人道的にいかがなものだろう。とっさの判断で俺は中腰になって、その落下をかろうじて抱き止めた。
だが──、予想以上に重たい。
「……痛ッ!」
そのまま、ふたりしてシートに崩れ落ちた。客観的には押し倒されたように見えるかもしれないが、俺は後頭部を窓枠にぶつけた痛みにそれどころではない。
男子高校生は、そこでようやく目覚めたらしい。あからさまに焦った表情をして、
「スンマセンしたっ!」
と立礼する。やはり体育会系か、ほとんど条件反射のような直礼だった。
黒髪は自然なショート。あきらかに寝不足と分かるものの、間違いなく元気そうだ。見た目は意外に大人びていて、自分が高校生だったときを考えると少し微妙だ。
ものすごく痛かったのは確かだけどまあ、俺も大人なので笑って許すことにしよう。まだ立礼したままのその姿を見て、少しだけ笑いが声に漏れる。
「……もういいからさ、座れば?」
笑ってとなりの席を手で示すと、素直に腰を落とし「スミマセン……」とくりかえした。ジャージの左肩には、見覚えのある校章があって──そうだ、これは母校の陸上部員が着ていたものだった。
とたんに親近感というか、やや懐かしい連帯感がわいてくるから不思議だと思う。
今回の仕事は、都内にある本社から県内支社への応援という形になる。だけど支社には何度か行ったことがあるし、知り合い──というか同期も数名いる。
しかし、混雑していない電車というのは思いのほか快適だった。いつ誰が乗車してきても席を立つ必要がなさそうで、プレッシャーもなく理想的だ。
そもそも一週間と期限も区切られているためか、あまり緊張感もない月曜日。窓からの日射しは暖かいが、きっと外の風は冷たいのだろうという秋の朝、だった。
社会人とはいえ二年目も終わりだ。俺も新人気分の抜けきった時期ではあるが、今はまだ特に重い責任も負っていない。
そうして、あらためて電車内を見渡すと、こんなにガラガラに空いているというのに、なぜか目の前には吊り革を両手で持ち全体重を預けて、棒立ちになった男の姿がある。乗車してきたときから何となく気になっていたのは、フラつく全身と、それに抗うような必死の形相──そうして、そもそもなぜ座らないのかという疑問があったからだ。
駅伝選手が競技前に着るような紺色の厚手のジャージを身にまとう彼は、たぶん高校生で、ほんとうに陸上部員なのかもしれないと思う。その痩躯は、長距離選手を連想させたから。
それから、あえて『男』と表現したのは俺よりずいぶん大柄なこと、それから苦渋に満ちたような寝顔で下を向いているために実際の表情がはっきりとは見えないのが理由だ。
そして、つり革に体重を預けているせいか電車の揺れに合わせてはグラグラしている。たまに膝がガクンと落ち、その一瞬だけ我に返るがまた、すぐに寝落ちる。
そのくりかえしを見るのはどこか微笑ましいのだが、この七人がけの座席に座っているのは俺だけなんだから遠慮なく座ればいいのに、と思ってしまう。なんだろう。目的地を乗り過ごすまいという根性なのか、若さゆえの意地みたいなものか。
いずれにしても、こんなふうに半分くらい眠ったままでは目的駅も乗り過ごしてしまいそうに見えた──それにしても、この格好には見覚えがあるような気がするのだが……。
とりあえず目の前の男の存在については忘れることにして、俺は携帯のアドレス帳を編集していた。そのとき電車が陸橋に差しかかり、ひときわ大きい揺れが車内を襲う。
座っている俺には特にどうということもなかったが、つり革に身を預けていただけの彼は、ひとたまりもなかったようだ。
重力そのままに崩れ落ちてくる身体はスローモーションにみえた。これをスルーしてしまって床に激突させるのは、人道的にいかがなものだろう。とっさの判断で俺は中腰になって、その落下をかろうじて抱き止めた。
だが──、予想以上に重たい。
「……痛ッ!」
そのまま、ふたりしてシートに崩れ落ちた。客観的には押し倒されたように見えるかもしれないが、俺は後頭部を窓枠にぶつけた痛みにそれどころではない。
男子高校生は、そこでようやく目覚めたらしい。あからさまに焦った表情をして、
「スンマセンしたっ!」
と立礼する。やはり体育会系か、ほとんど条件反射のような直礼だった。
黒髪は自然なショート。あきらかに寝不足と分かるものの、間違いなく元気そうだ。見た目は意外に大人びていて、自分が高校生だったときを考えると少し微妙だ。
ものすごく痛かったのは確かだけどまあ、俺も大人なので笑って許すことにしよう。まだ立礼したままのその姿を見て、少しだけ笑いが声に漏れる。
「……もういいからさ、座れば?」
笑ってとなりの席を手で示すと、素直に腰を落とし「スミマセン……」とくりかえした。ジャージの左肩には、見覚えのある校章があって──そうだ、これは母校の陸上部員が着ていたものだった。
とたんに親近感というか、やや懐かしい連帯感がわいてくるから不思議だと思う。
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