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「いらっしゃいませ。ご予約の鹿島様、でよろしいでしょうか──?」
店は新宿から代々木に向かうあたりの、九階建ての雑居ビル──ただし縦に長くて、面積は広くないのが見て取れる。
「はい、そうです。少し遅れてしまってすみません……」
時刻は午後十時を数分だけ過ぎたころだ。受付カウンターの向こうには、スーツ姿の青年が二名ほど。ひとりは正面から鹿島に声をかけて、もうひとりは内線電話の対応をしている。
「とんでもございません。本日でしたら『ご不足をお感じになられましたら』延長も可能ですよ」
「そうですか、よかった……」
「それでは、こちらご確認お願いいたします。事前にデータ入力いただいた通りの素体をいつもと同じく調整させていただきましたが、本日分の設定を確定とさせていただきますと以降の変更はいたしかねますのでご注意ください。書面にひととおり目を通していただき、ご同意いただけるようでしたら署名をお願いいたします」
カウンターに広げられたのは誓約書だった。文章量だけでいえば、しっかり目を通せばけっこうな時間のかかる内容である。しかしこの客──鹿島は、ほぼ一瞥しただけで書面に署名した。まるで内容を事前に知っていたかのように──いや、実際のところ知っているのだが。それに鹿島が試行錯誤して完成させたいまの素体はほぼ完璧なもので、これ以上なにかを変える必要もない。
しかし誓約書の内容はそれなりに過激なものだ。たとえば『会員規約第13条』は『不慮の事態があった場合でも本人の意志のない場合、救助および医療機関への連絡はしないものとする。また死亡の場合でも、家族および親族、友人への連絡にはいっさい関与せず、死体の取り扱いについては弊社規定に基づいた消失扱いとする』
内容を見れば明らかだろう。ここは完全な裏社会の闇組織が運営する、非合法の「性風俗店」である。
一般人であれば関与を徹底的に避けるだろうこんな場所にいるのには、鹿島という男はひどく不釣り合いに見えた。まず整いすぎた容姿に長身はモデルか俳優のようで、身なりや身につけているものも高級品ばかりだろう。またこの店舗に入会するためには、まず入会金ほか初期費用に300万円、月会費20万円、実際の利用については時間帯により30万円から50万円ほどが必要となる。
鹿島の所有するクレジットカードの限度額は、それらの基準を容易に満たすだけのものだった。
「ご署名ありがとうございました。それではまず、こちらにていつもの『錠剤』を服薬し、お部屋にて30分ほど待機いただきます」
「ああ、頼みます」
鹿島は、手渡されたカプセルを躊躇せずに口に含み、紙コップの水で呑み込んだ。
「それでは本日、お部屋は402号室となります。ごゆっくりお寛ぎのうえ、ごゆるりとお愉しみください」
鹿島はひとつ頷いて、慣れた様子で部屋へと向かう。これから彼が見せるであろう痴態を予感させない、知的でさわやかな横顔はまるで無表情だ。
「鹿島さんかぁ、今週二度目でしたよね。そろそろ、なんですかね……?」
先ほど電話応対していた青年は、受付対応していた青年に声をかける。どちらも同世代、二十代後半ほどだろうか──年齢だけでいえば先ほどの客、鹿島にもかなり近いだろう。
スーツの仕立てはいいが、茶髪に金髪、パーマにピアスと見た目上ではホストのようにも見える。
「さーなぁ。しかし、あれほどのイケメンで金もあってよー、コミュ障どころか超エリート商社マンだぜ。ヤる相手に困るわけもなさそうなのに、なんでうちみたいな店の常連になっちまうんだろうな……?」
なおこの店の看板は『会員制マッサージ店 アスモダイ』となっている。
七つの大罪のひとつ「色欲」の名を冠するこの店が、警察等の摘発の対象とならないのにもまた事情はあるが、それはまた別の話である──さて、それでは鹿島のその後を追ってみよう。
店は新宿から代々木に向かうあたりの、九階建ての雑居ビル──ただし縦に長くて、面積は広くないのが見て取れる。
「はい、そうです。少し遅れてしまってすみません……」
時刻は午後十時を数分だけ過ぎたころだ。受付カウンターの向こうには、スーツ姿の青年が二名ほど。ひとりは正面から鹿島に声をかけて、もうひとりは内線電話の対応をしている。
「とんでもございません。本日でしたら『ご不足をお感じになられましたら』延長も可能ですよ」
「そうですか、よかった……」
「それでは、こちらご確認お願いいたします。事前にデータ入力いただいた通りの素体をいつもと同じく調整させていただきましたが、本日分の設定を確定とさせていただきますと以降の変更はいたしかねますのでご注意ください。書面にひととおり目を通していただき、ご同意いただけるようでしたら署名をお願いいたします」
カウンターに広げられたのは誓約書だった。文章量だけでいえば、しっかり目を通せばけっこうな時間のかかる内容である。しかしこの客──鹿島は、ほぼ一瞥しただけで書面に署名した。まるで内容を事前に知っていたかのように──いや、実際のところ知っているのだが。それに鹿島が試行錯誤して完成させたいまの素体はほぼ完璧なもので、これ以上なにかを変える必要もない。
しかし誓約書の内容はそれなりに過激なものだ。たとえば『会員規約第13条』は『不慮の事態があった場合でも本人の意志のない場合、救助および医療機関への連絡はしないものとする。また死亡の場合でも、家族および親族、友人への連絡にはいっさい関与せず、死体の取り扱いについては弊社規定に基づいた消失扱いとする』
内容を見れば明らかだろう。ここは完全な裏社会の闇組織が運営する、非合法の「性風俗店」である。
一般人であれば関与を徹底的に避けるだろうこんな場所にいるのには、鹿島という男はひどく不釣り合いに見えた。まず整いすぎた容姿に長身はモデルか俳優のようで、身なりや身につけているものも高級品ばかりだろう。またこの店舗に入会するためには、まず入会金ほか初期費用に300万円、月会費20万円、実際の利用については時間帯により30万円から50万円ほどが必要となる。
鹿島の所有するクレジットカードの限度額は、それらの基準を容易に満たすだけのものだった。
「ご署名ありがとうございました。それではまず、こちらにていつもの『錠剤』を服薬し、お部屋にて30分ほど待機いただきます」
「ああ、頼みます」
鹿島は、手渡されたカプセルを躊躇せずに口に含み、紙コップの水で呑み込んだ。
「それでは本日、お部屋は402号室となります。ごゆっくりお寛ぎのうえ、ごゆるりとお愉しみください」
鹿島はひとつ頷いて、慣れた様子で部屋へと向かう。これから彼が見せるであろう痴態を予感させない、知的でさわやかな横顔はまるで無表情だ。
「鹿島さんかぁ、今週二度目でしたよね。そろそろ、なんですかね……?」
先ほど電話応対していた青年は、受付対応していた青年に声をかける。どちらも同世代、二十代後半ほどだろうか──年齢だけでいえば先ほどの客、鹿島にもかなり近いだろう。
スーツの仕立てはいいが、茶髪に金髪、パーマにピアスと見た目上ではホストのようにも見える。
「さーなぁ。しかし、あれほどのイケメンで金もあってよー、コミュ障どころか超エリート商社マンだぜ。ヤる相手に困るわけもなさそうなのに、なんでうちみたいな店の常連になっちまうんだろうな……?」
なおこの店の看板は『会員制マッサージ店 アスモダイ』となっている。
七つの大罪のひとつ「色欲」の名を冠するこの店が、警察等の摘発の対象とならないのにもまた事情はあるが、それはまた別の話である──さて、それでは鹿島のその後を追ってみよう。
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