夏の終わりに、きみを見失って

隠岐 旅雨

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文化祭とライバルと真剣勝負

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「……ていうか蒼の集客力、すごいなマジで」
「ビラまいたりしなくても勝手に客が集まって来るもんな」
 臨は受付の順番待ちリストの管理、航は主に会計を担当している。3ストライクまでのワンゲームで参加料100円。ヒットを打つとストライクカウントは増えないので投手の負担だけが増えていく。
 ちなみに順番待ちリストには客の名前のほかに、要求する球速と難易度が記載されている。県大会を制して甲子園中継でテレビにも出た投手、しかもわりと顔立ちの整っている蒼は近所の女子高生にも人気だった。それなりの球を要求し、本気で打ちにくるソフトボール部員や他校の野球部員などもいたが、大半のギャラリーは本気の投球を見たがっている。要求通りに遅い球や速い球を投げ分けては打たれている蒼は汗を流し、ややバテはじめていた。
 出番待ちの青沼ほか後輩は客ごとの要望を蒼に伝達する係。そんなところに、大柄で体格のいい男子高校生らしき人物があらわれた。
「オレたちを県決勝で負かしといて、本戦初戦敗退──のわりにはお祭り騒ぎなのな、おまえらは?」
 臨と航は思わず身構えた。目の前に立つのは今年の夏の地方大会決勝で対戦した、私立志智しち高校の四番打者にして元主将の伏見ふしみ正邦まさくに。中学時代までは蒼や凱と同じチームにいたという自称、因縁のライバルである。
「ワンゲーム予約で。球速は全開、球は硬式球でいい。変化球あり、ただし本塁打ホームランが出たら全額返してもらう」
「勝手にルール変えるんじゃねえ!」
 立ち上がった臨ににらまれても、伏見は鼻で笑うのみ。
「そりゃ受けられねえよなぁ。引退したとはいえ、因縁の相手に公衆の面前で打ち崩される姿なんて見せらんねえよなぁ……?」
 臨は伏見にガンを飛ばすと、そのまま凱のもとに伝令に立った。航はというと、いつも通りの笑顔で言う。
「ずいぶんと要求が多いんですね。伏見さんだけワンゲーム500円なら受けて立ちますが?」
「おもしれえ、それで構わないぞ」
 伏見は500円硬貨を長机に叩きつけた。周囲の客も一連の流れを見守っていたが、どうやらこの勝負のほうがおもしろそうだと判断したらしく静観している。

「……だそうだ。蒼、どうする?」
「公式ルールで全力勝負だぁ? ナメやがってあのクソゴリラが──!」
 やや息が上がっているとはいえ、蒼は殺気にも似たオーラを放っていた。
「オレはもともと防具つけてるし問題ないが。いちおう硬球で何球か投げとくか」
「ああ。一応な」
 口では何だかんだ言っても蒼と伏見は、互いの実力は認め合っている。まあ別にこれで負けたところで公式記録には何も残らないし、それどころか伏見のほうが向こうの監督にこっぴどく叱られるだけだろう──と凱は思っていたが、蒼は本気も本気である。
 まずは硬球を入れたカゴを足下に置き、打席には仮想打者として臨がバットを持ち立つ。
 凱はサインを股間に出した。周囲は「あれがサインかぁ」「どういう意味?」などと、初めて目の前で見るサインにそれだけで軽くざわついている。野球に興味のない観客も多い。
 そして速球を3球。外角低めアウトローにストレート、内角高めインハイにストレート、ど真ん中にストレートというだけのサインだった。これは自分を直球のみで攻略しようという挑発かと伏見は怒りをつのらせるが、そもそもこの時点で凱の策略に乗せられている。これが公式試合なら判断を狂わせたりもしなかっただろうが、自分から売ったケンカでしかも周囲には多くの女子高生をはじめ大勢のギャラリーが集まっているから。

「それじゃ1ワン打席勝負。プレイ!」
 いつのまにか審判用防具を身につけてきた航が打席後ろに立ち、いつの間にか自校のユニフォームを身に着けていた伏見が打席に立つ。
 凱がサインを出し、おおきく振りかぶった蒼が放ったのは直球──内角低めインローのコースを、伏見はフルスイングで空振からぶった。球速は140キロ近く出ているのではないだろうか。周囲からは、ざわめきと歓声。
「ストライクワン!」
 球審きゅうしんの航が叫ぶ。伏見は予告通り──コースは違うが──のストレートをおおきく振り外し、歯を食いしばった。続くサインと投球の間は短く、今度は外角高めアウトハイにストレート。こちらは伏見の流し打ちが捉えた。大きなアーチを描くと、レフト線外の柵を越える。
「ファウルボール!」
 一歩まちがえればホームランという打球に練習場がどよめく。これでツーストライクだ。
 足場を整えて構え直す伏見に対し、3球目に凱が出したサインが今までのものとだいぶ違っているのに気がついたのは、その場にいる野球部員だけだった。
「よし、来ぉい──!」
 蒼の球の握りは打者から見て見えにくい構えとなっている。振りかぶった左手から放たれたコースはほぼど真ん中に向かうようで……
(直球ど真ん中と見せかけての得意のスライダーだろ。読み勝った!)
 と、伏見は勝利を確信した。水平に曲がるコースを予測してフルスイングすると、ボールは手前で急速にホームベースまで落ちた。フォークボールである。
「ストライクスリー。バッターアウト!」
「ちょい待てぇ!」
 伏見はバットを放り投げると、つかつかとピッチャーマウンドに歩み寄る。そして蒼の襟首えりくびを掴み上げた。
「こんのクソチビ、おまえ今まで落ちる球なんて一度も投げなかっただろうが!」
「うっせーチビじゃねぇ、おれだって173センチはあるんだよ。このクソゴリラが!」
「じゃあなんで投げなかった? 充分に武器だろあれは!」
「あれは半々の確率ですっぽ抜けるから公式戦では使わなかっただけだボケが」
「うっわムカつくわコイツ、おい凱、1打席勝負追加だ! 金は払う!」
 そこに航が歩み寄り、後ろから伏見のユニフォームの襟を引っつかみひきずっていく。
「はいはい後のお客がお待ちなんでね、もう一回やりたいなら列の最後尾にお並びください。でも蒼のピッチングは今のでラストになりますけどね」
 ひそかに怪力の航に伏見は退場させられ、この勝負は蒼たちの勝利となった。
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