あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。

ふまさ

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 それでも心に残るモヤモヤを取り除けたのは、他でもない、バーサの力強い言葉のおかげだった。

 晴れた日の、朝の教室。鼻唄を歌いそうな勢いで、機嫌良く登校してきたバーサは、カミラに嬉しそうに声をかけてきた。

「ねえ、カミラ。大丈夫よ。ブラッドはあなたのこと、きちんと愛しているわ」

 あいさつもなしの、唐突過ぎる台詞に、カミラはキョトンとした。

「突然、どうしたの?」

 隣に腰掛けたバーサは、うーん、と教室の天井を見上げた。

「秘密にするって、約束してしまったから言えないわ。でもね、不安になることはないってことだけ、伝えておきたくて」
 
「それじゃ、肝心な根拠がわからないじゃない。それに、約束って? 誰としたの?」

「わからない?」

「……話の流れから、ブラッドかなって思ったけど」

 バーサが「あたり」と悪戯っぽく笑う。長年の付き合いから、カミラはピンときてしまった。

「自分からは話せないけど、わたしがあてるなら、それは約束を破ったことにはならないってこと?」

「ふふふ、正解。でもね、普段はこんなことしないのよ? だって、ブラッドのこれまでの行動は、いき過ぎていたもの。あなたという婚約者がいながら何日も他の女性のところに通いつめたあげく、あなたを責めたのだから。こんなことぐらいじゃ、罰はあたらないわ。それに──」

「それに?」

「もし他の誰かに昨日のことが目撃されて、第三者からあなたにこのことを言われたら、変に抉れてしまうかもとも考えたの」

 カミラは「……バーサ。それだけじゃ、ちっともわからないわ」と、困った顔をした。

「ヒントは、次の休日よ。なんの日かわかる?」

 ウキウキと、バーサがカミラの顔を覗き込む。カミラは「……ええ、と」と顎に手を当て少し黙考してから、あ、と顔を上げた。その様子に、バーサがニッと口角を上げた。

「思い出した? 私はね、その日のための準備──というか、相談をブラッドから受けていたの。昨日の休日は、ブラッドと一緒に街巡りをしていたのだけれど。ほんと、何時間も付き合わされてヘトヘトよ」

「……それって」

「お察しの通り。ブラッドったら。こっちが笑いたくなるぐらい必死で、本当に真剣だったのよ。あれで愛がないなんて、絶対に言わせないんだから」

 片目を瞑って見せるバーサに、カミラは「……そうだったの」と、心から安堵したように息を吐いた。

「ちなみに──なんだったかしら。ブラッドが足繁く通っていた雑貨店の女性店員の名前」

「イライザさん?」

「そう。その子がいる店には、行ってないわ。あなたが私にイライザさんのことを話したって、ブラッドは知ってる?」

 カミラは、首を左右に振ってみせた。

「知らないわ。言ってないから」

「私もよ。なら、それを知って避けたわけじゃなさそうね。良かったわ」

「……わたし、あなたみたいな優しい親友がいて、とても幸せだわ」

 噛み締めるように呟くと、バーサは、やあね、と照れくさそうにはにかんだ。

「でも、私の前でイチャイチャするのは控え目にしてね。私の婚約者は、遠く離れた地方にいるんだから」

「年が離れていると、そうなっちゃうのね。でも、次期伯爵様はきっと、今日もあなたのことを想っているわ。手紙のやり取りは、頻繁にしているのでしょう?」

「ええ。あの方が私にどんな愛の言葉を記してくれたのか、聞きたい?」

 カミラは目を丸くした。バーサは普段、あまり惚気話をしないからだ。よほど胸に打たれる言葉が書かれていたのか。それとも、ブラッドがカミラのために一生懸命なところをみて、なにか思うところがあったのか。

「……聞きたいわ。あの方は詩人のように美しい言葉を紡ぐから」

「やだ、褒めすぎ。ハードル上げないで」

「だって、本当のことだもの」



 などという会話をした、数日後。カミラはもとより、まさかこんなことになるとは想像だにしていなかったバーサは、不用意な発言をしてしまったことに罪悪感を覚え、心から悔いることになる。


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