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 楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。

 でも。


 愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。




 クルス伯爵家の長女カミラには、親が決めた婚約者がいた。相手は、ブラッド・デルーカ。デルーカ子爵家の次男である。

 信頼関係で結ばれた父たちが決めた相手ではあったが、幼いころより親交があった二人の間には、確かな絆があった。
 
「お前の息子なら、安心して我が領土を任せられる」

 酒の席で、クルス伯爵はよく、デルーカ子爵にそう言っていた。クルス伯爵に嫡男はいないため、クルス伯爵の跡をいずれ継ぐのは、カミラの夫となる者のつとめだったから。

 真面目で優しいブラッドをクルス伯爵もたいそう気に入っていたし、カミラはブラッドと一緒になる未来を信じて疑ってはいなかった。


 そんな二人に亀裂が入ったのは、二人が共に十六となる年。

 地元を離れ、王都にある王立学園に通うようになってからのことだった。



 それは、カミラとブラッドが王都にやってきて、ふた月ほど経ったころのこと。王都の街中をデートしているときに、ふと入った雑貨店が、すべてのはじまりだった。

「いらっしゃいませ」

 出迎えてくれたのは、街娘の女の子だった。一つ年下だという彼女はとても可愛らしく、甘い砂糖菓子のような子だった。ブラッドが顔を赤くしながら、店に並ぶ商品の説明を彼女に尋ねていく。

 もともと、今日は地元にいるブラッドの妹への誕生日プレゼントを買うのが目的だったため、ブラッドは彼女に勧められるまま、スカーフを購入した。

 一緒に選んで、と言っていたくせに、カミラの意見をたずねなかったことも、デレデレしていたことにもムッとして、店を出たあとにカミラが「あの子に鼻の下伸ばしていたでしょ」などと軽く目を吊り上げると、ブラッドは焦りながらも、まさか、と返した。

「どうだか」

「ほ、本当だよ。隣にきみがいるのに、そんなことするわけないじゃないか」

 あわあわするブラッドに、カミラがクスリと笑ったので、ブラッドは安心したように大きく息を吐いた。

「やきもちは嬉しいけど、ちょっと焦った」

「ふふ。まあ、仕方ないかな。あの子、確かに可愛かったものね」 

「カミラの方が可愛いよ」

「ありがとう。お世辞でも嬉しいわ」

「お世辞だなんて、とんでもない」

 この会話をしたのが、ひと月前。その日から少しずつブラッドは変わっていっていたのかもしれないが、カミラは気付かなかった。信じていたから、というのが大きかったのだろう。

 おかしいな、とはじめて感じたのは、従姉妹──親友とも呼べるバーサの一言からだった。

「そういえば。昨日の夕刻、街の西にある雑貨店に一人で入っていくブラッドを見たわ」

 同じ年で、同じクラスとなったバーサは、朝のあいさつを交わしてからそう言い、カミラの隣の席に座った。

「ブラッドが?」

「そう。馬車の中からだったんだけど。あそこ、どちらかといえば女性用の雑貨店を売りにしているところだったから、少し不思議に思って。もしかして、あそこで待ち合わせでもしていたの?」

「? いいえ。昨日は、わたしのお屋敷で少しお茶をしたあと、ブラッドは帰ったはずだけれど」

「そうなの。じゃあ、私の見間違いだったかもしれないわね。遠目だったし」

 カミラとブラッドの仲を知っているバーサは、少しの疑いも持つことなく、そう結論づけた。でも。脳裏にふっと、一度だけ出会った可愛い店員の顔が浮かんだカミラは、バーサのように軽く流せなかった。

(……よりによって、あの店)

 本当に、見間違い?
 もしブラッド本人だったら?

(……ううん。そんなはずないわ。もしそうだとしても、きっとなにか理由があるはず。というかそもそも、あの子に会いに行ったとは限らないわけだし)

 ぐるぐるしはじめた思考を、カミラは無理やり止め、息を大きく吐いた。

「うじうじするの、わたしらしくないわね。放課後、ブラッドに尋ねてみましょ」

 独り言のように呟くと、バーサが小さく笑った。

「余計なことを言ったかもと思ったけど、いつも通りのカミラで安心したわ」

「そう?」

「ええ。まあきっと、見間違いか。それとも──」

 バーサの予想に、カミラを目を輝かせたが、その予想は見事に的中する、ことにはなった。





 放課後。馬車の中でカミラが「バーサが、あなたが一人で雑貨店に入るところを目撃したんだって」と、正面に座るブラッドにたずねてみたところ、ブラッドは首元に手をあて、あー、と気まずそうに声を上げた。少しドキリとしたカミラに、ブラッドは。

「バレちゃったか」

 口元を緩め、鞄から髪飾りを出し、それをカミラに差し出した。

「……これって」

「きみへのプレゼントだよ。本当は、サプライズにしたかったんだけど」


『──それとも、あなたへのプレゼントをこっそり買いに行っていたのかもしれないわね』


 頭の中で響いたバーサの声に、あなたの予想は当たっていたみたい、とカミラは頬を緩め、髪飾りを受け取った。

「……嬉しいわ。でも、誕生日でもないのにどうして?」

「日頃の、感謝の気持ち」

「……そんな。わたし、なにもしてない」

「ぼくを愛してくれているだけで充分だよ」

 ふふ。嬉しそうに、カミラが笑う。

「やだ、ブラッドらしくない」

「え、そうかな。変? 嫌だった?」

「変でもないし、嫌でもないわ。ただ、いつものあなたは、愛しているを口に出すときはいつも、顔を赤くしていたから」

「そう、だったかな」

「ええ。それにしても、とても可愛い髪飾りね」

「気に入ってくれた?」

「とても」
 
「そっか。さすがだ。プロが選んだ物に、間違いはないね」

 カミラは、はてと首を傾げた。

「プロ? あなたが選んでくれたんじゃないの?」

「残念ながら、ぼくにそういったセンスがないのは知っていたから。イライザさんに選ぶの、手伝ってもらったんだ」

 照れながらにやけるブラッドに、カミラは顔を少し、強張らせた。


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