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「……ぼくは、デリアが聖女になるまでずっと、実験体として扱われてきました」

「? 意味がよく……」

 テッドは「普通はそうですよね」と力なく笑った。

「聖女は、不思議な力で傷を癒す存在。だから、どのようにすれば傷を癒せるのか。ぼくで、何度も試していたんです」

「ま、待ってください。そんな都合よく、怪我をするなんて……」

 違う。わかってる。実験体と言っていた理由。それが意味するもの。

 ぞっ。
 背筋に、一筋の冷たい汗が流れた。

「……聖女デリアのために、傷を」

「デリアがね、突然、言い出したんです。あたしは聖女で、傷を癒せる力があると。でも、その力の使い方がわからないと。だから……試させてほしいと」

「そ、んな恐ろしいこと……どうして了承したんですか?!」

「……はじめは指先を、ほんの少し切るだけ。それだけだったんです。聖女となれば、みんなの見る目はきっと変わる。そう、涙ながらに訴えられて……」

 テッドは頭を抱え、今までため込んだものを吐き出すように、続けた。

「……でも。デリアは何日経っても、傷を癒すことなんてできなくて……もっと大きい怪我じゃないと駄目だって……怖じ気づいたぼくを、デリアがナイフで傷つけてくるようになっていって……それでも変わらない笑顔で接してくるデリアが恐くて……」

 日に日に顔色が悪く、やつれていった。大事な幼なじみであるデリアを避けはじめた、その理由。想像すらしていなかった狂った行動に、フェリシアは愕然としていた。

「……やっぱり、あなたは信じてくれるのですね」

 どこかほっとしたような口調。一人でこんなことを抱えてきたテッドの心を思うと、胸が痛んだ。

「対象者に触れ、一定時間、祈る。それが傷を癒す方法だとようやくつかんだデリアは、街に出掛けました。怪我人を探すために……」


『あたし、突然ここに連れてこられて……みんなが聖女だって騒いでいたんですけど、なにがなんだか』

 
 デリアが聖女と認められた日。謁見の間で、デリアは確かにそう言っていた。聖女という存在すら知らなかった。そんな表情で。

「……デリアさんはどうして、自分が聖女だと思ったのでしょう」

 もれでた言葉に、けれどフェリシアの中では、一つの答えが出ていた。かつて、疑っていた──デリアは佳奈ではないか、ということ。

 同じように、ゲームの内容を知っていたとしたら。その上での行動だとしたら。

「……それはわかりません。でも、絶対的な自信を持っているみたいでしたし、実際、聖女になってしまいましたからね……下手なことを暴露すれば、こちらが加害者になりかねない。デリアはもう、ぼくの知るデリアではないようですから……」

「……だから、口をつぐむしかなかったのですね」

「そう、ですね。そうするつもりでした。聖女となったデリアはもう、ぼくに用はなくなったようでしたし」

「なら、どうしてわたしに……?」

「……ぼくはデリアの本性を知ってから、あなたにずっと罪悪感を抱いていました。デリアのことだけを信じ、あなたを敵視していたことに」

「先ほども申しましたが、それはあなたのせいでは──」

「いえ、すみません……それだけではないのです。もしかしたらあなたなら、ぼくの話を信じてくれるかもと……勝手に、ずっと思っていて。デリアはどうにかして、あなたを貶めようと躍起になっているような気がしましたから」

「それは……わたしもです。クライブ殿下を手に入れるためなら、手段を選ばない。そんな執念を感じていました」

 テッドが「そう、そうなんですっ」と、ここにきてはじめて、声を張り上げた。

「クライブ殿下が落馬したと聞いて、ぼくはこう思いました。それも、デリアの仕業ではないかと。わざと怪我をさせて、デリアが癒し、感謝される。もしくは──フェリシア様から奪えないのなら、いっそ……そんな思惑が、デリアの中であったのではないかって」

 ありえない。とは、思わなかった。テッドから語られた話を聞いたあとでは、なおさら、デリアならやりかねないと考えたから。

 でも。

「……クライブ殿下が落馬したとき、傍にはイアンがいました。雷に驚いて馬が暴れたのはイアンが目撃していますので、それはないかと──天候を操れるなら、やりかねないとは思いますが」

 テッドは、そうですか、と背もたれに体重をどんと預けた。

「……流石に、考えすぎでしたね。どうやらぼくは、疑心暗鬼になっていたようです」

「そんなの当たり前ですっ」

「……ありがとうございます。ねえ、フェリシア様。ぼくは、ぼくを捨て駒のように扱ったデリアの思惑通りに事が運ぶのだけは、許せないんです。あなたが罪を被せられたあげく、デリアがクライブ殿下と結婚など、怒りと憎しみでどうにかなりそうだ」

 泣き笑いを浮かべるテッド。聖女への名誉毀損で罰を受けるかもしれない事実を話してくれたのは、これだったのだ。

 クライブが記憶喪失になったこと。フェリシアとの婚約は解消されたこと。現在、クライブとデリアの仲が急速に深まっていること。なにも知らないはずの彼の、想像上の不安。それが現実になろうとしている。

 誰よりデリアの近くにいて、誰より本性を知ってしまったテッドだからこそなのだろうか。

 デリアへの嫌悪、恐怖より、優しくて純粋な彼を傷付けた怒りが、フェリシアの中を駆けめぐる。
 
 同時に、やはりあんな恐ろしい女とクライブを結婚などさせてはいけないとの、使命感が湧いてきた。

「──わたし。これから聖女デリアに会ってきます」

 テッドはふっと目に少しだけ光を戻し、はい、とほっとしたように頬を緩め、ゆっくり頭を下げた。諦めないでほしい。もしかしたら彼がなにより告げたかったのは、それだったのではないか。

 なぜだろうか。フェリシアには、そんな風に思えてならなかった。

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