上 下
4 / 17

4

しおりを挟む
「……嫌いなわたしなど、捨て置けばよかったではないですか」

 二人きりとなった医務室で、ローナが震えながら小さく問いかけると、ヘクターは馬鹿にするように薄く笑った。

「いつどこで、誰が見ているとも限らない。気絶したお前を放っておくより、こうして心配したふりをして、医務室に駆け込むほうがリスクは少ない」

「…………っ」

 うつ向くローナの顎を掴み、強引に顔をあげさせると、ヘクターは口調を強めた。

「いいか。婚約破棄の件。返事は、明日まで待ってやるが──わかるな?」

 ローナが、悔しそうに涙を滲ませる。けれどそのまま何も言い返さないローナに、ヘクターは、ふっと笑った。

(甘やかされ、愛させて当然だと思い込んでるお嬢様を脅すのは、たやすいな)

「──さて。では、約束通りきみを屋敷まで送っていくとしよう。一人で立てるかな?」

 ローナは無言で、寝台をおりた。無意識にお腹を右手でおさえていたが、ヘクターに咎められ、手をおろした。


 ずきずき。お腹が痛む。けれどそれよりも、横を歩く男に対する恐怖の方が、何より勝った。

 太陽が沈み、あたりがほんのりと薄暗くなりはじめる。学園に残っている生徒は、ほとんどいない。教師たちも会議のため、廊下には誰もいない。

 それが何だか妙に寂しくて、心細くて、ローナは泣きそうになっていた。

 そんなときだった。

 うつ向くローナの耳に、靴音が、ふと前から響いてきたのは。

 ヘクターもむろん、気付いていた。前に目を向け、人影に目をこらす。とたんにヘクターは、笑いそうになった。

(これはまた、なんとも……)

 正面からやってきたのは、第一王子の婚約者である、公爵令嬢だった。よりにもよって、第一王子と密会していたことを、誰より知られてはいけない人物だったからだ。

 すれ違うとき、ローナとヘクターは小さく会釈をした。ローナは、何も言わなかった。当然だろう。言えるわけがない。そんなことをすればどうなるか。いくら馬鹿でも、想像はつくはずだ。

 ほくそ笑むヘクターの耳に、すぐ背後から、凛とした声色が届いた。


「──お待ちなさい」


 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴方が側妃を望んだのです

cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。 「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。 誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。 ※2022年6月12日。一部書き足しました。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。  史実などに基づいたものではない事をご理解ください。 ※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。  表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。 ※更新していくうえでタグは幾つか増えます。 ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

想い合っている? そうですか、ではお幸せに

四季
恋愛
コルネリア・フレンツェはある日突然訪問者の女性から告げられた。 「実は、私のお腹には彼との子がいるんです」 婚約者の相応しくない振る舞いが判明し、嵐が訪れる。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

彼女は彼の運命の人

豆狸
恋愛
「デホタに謝ってくれ、エマ」 「なにをでしょう?」 「この数ヶ月、デホタに嫌がらせをしていたことだ」 「謝ってくだされば、アタシは恨んだりしません」 「デホタは優しいな」 「私がデホタ様に嫌がらせをしてたんですって。あなた、知っていた?」 「存じませんでしたが、それは不可能でしょう」

【短編】復讐すればいいのに〜婚約破棄のその後のお話〜

真辺わ人
恋愛
平民の女性との間に真実の愛を見つけた王太子は、公爵令嬢に婚約破棄を告げる。 しかし、公爵家と国王の不興を買い、彼は廃太子とされてしまった。 これはその後の彼(元王太子)と彼女(平民少女)のお話です。 数年後に彼女が語る真実とは……? 前中後編の三部構成です。 ❇︎ざまぁはありません。 ❇︎設定は緩いですので、頭のネジを緩めながらお読みください。

(完結)あなたの愛は諦めました (全5話)

青空一夏
恋愛
私はライラ・エト伯爵夫人と呼ばれるようになって3年経つ。子供は女の子が一人いる。子育てをナニーに任せっきりにする貴族も多いけれど、私は違う。はじめての子育ては夫と協力してしたかった。けれど、夫のエト伯爵は私の相談には全く乗ってくれない。彼は他人の相談に乗るので忙しいからよ。 これは自分の家庭を顧みず、他人にいい顔だけをしようとする男の末路を描いた作品です。 ショートショートの予定。 ゆるふわ設定。ご都合主義です。タグが増えるかもしれません。

(完結)その女は誰ですか?ーーあなたの婚約者はこの私ですが・・・・・・

青空一夏
恋愛
私はシーグ侯爵家のイルヤ。ビドは私の婚約者でとても真面目で純粋な人よ。でも、隣国に留学している彼に会いに行った私はそこで思いがけない光景に出くわす。 なんとそこには私を名乗る女がいたの。これってどういうこと? 婚約者の裏切りにざまぁします。コメディ風味。 ※この小説は独自の世界観で書いておりますので一切史実には基づきません。 ※ゆるふわ設定のご都合主義です。 ※元サヤはありません。

私も処刑されたことですし、どうか皆さま地獄へ落ちてくださいね。

火野村志紀
恋愛
あなた方が訪れるその時をお待ちしております。 王宮医官長のエステルは、流行り病の特効薬を第四王子に服用させた。すると王子は高熱で苦しみ出し、エステルを含めた王宮医官たちは罪人として投獄されてしまう。 そしてエステルの婚約者であり大臣の息子のブノワは、エステルを口汚く罵り婚約破棄をすると、王女ナデージュとの婚約を果たす。ブノワにとって、優秀すぎるエステルは以前から邪魔な存在だったのだ。 エステルは貴族や平民からも悪女、魔女と罵られながら処刑された。 それがこの国の終わりの始まりだった。

処理中です...