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「きみは、ぼくという婚約者がいながら、他の男と密会していたね」

 夕焼けの真っ赤な光が差し込む人気のない空き教室で、侯爵令息のヘクターは言った。表情は冷静さを保っていたが、内心は笑っていた。これは神が与えてくれたチャンスだと。

 目の前に立つローナは、何のことかわからないといった風に、首を捻っていた。

「あの、密会って……?」

「はっ。白々しい。それにしても、さすがのぼくも驚いたよ──まさか、婚約者がいる第一王子に言い寄っていたとはね」

 ローナの顔色が、明らかにさっと青くなった。

「……ど、どうして」

「今日の昼休みの、終了の鐘が鳴る少し前だったかな? たまたま、きみが生徒会室に入っていくところを目撃してね。きみは生徒会には所属していないのに、どうしてだろうと思って。貴族としては相応しくない行為だが、扉の隙間から覗き込むと、きみは第一王子と二人っきり。とても楽しそうに話していたね。しかも、ぼくでも見たことがないほどの、とびきりの笑顔でね」

「…………」

「黙りかい? ひどいなあ。きみはぼくだけじゃなくて、第一王子の婚約者である、あの公爵令嬢様まで悲しませる行為をしたのだよ? 自覚はある?」

「……ただ、お話していただけです。それの何がいけないのですか?」

「きみと第一王子が知り合いだなんて、一度も聞いたことがない。一緒にいるところも、むろん一度だって見たことがない。なのに、人目を気にしながら生徒会室に入っていったあげく、あの笑顔。密会と思われても仕方ないのではないかい? 言い訳があるなら、聞くよ?」

 しん。
 静けさが、あたりを満たす。ヘクターは口角をあげた。が。


「──それほどまでに、あの伯爵令嬢と一緒になりたいのですか?」


 続けられたローナの科白に、ヘクターは目を見張った。

「……何のことだ」

「……密会をしていたのは、わたしだけではないということです」

 はっ。ヘクターは、鼻で笑った。

「密会と認めたな?」

「……あなたはどうなのです? 認めますか?」

「何のことかわからんな」

「……認めてくださるのなら、婚約解消に応じますよ?」

 ふざけるな! 
 ヘクターは声を荒げ、怒鳴った。

「何が婚約解消だ! ぼくは何もしていない! 悪いのはお前だけだ! それにお前は、この国の第一王子と密会をしていたんだぞ! 王子の婚約者である公爵令嬢の家は、この国でも多大な影響力を及ぼす家系だ。例え不貞行為がなくとも、お前がしたことは重罪だ! それを偉そうに……っっ」

 ヘクターはローナの胸ぐらをおもむろに掴んだ。これまで一度だってこんなことをされたことのないローナは、ひっと小さく悲鳴をあげた。

「お前との婚約を破棄する! 慰謝料も、むろんたっぷりと請求させてもらうからな! これを拒絶すれば、みなに全てをばらしてやる!!」

 この言葉に、ローナは顔面蒼白になった。恐怖に立ち向かうように、必死に声を絞り出す。

「……っ。やめ、やめてください……っ」

「そうやって乞えば、誰もが許してくれると思うなよ。ぼくは前から、いかにも大切に育てられた苦労しらずのお前が、甘えることしか脳のないお前が、虫酸が走るほどに大っ嫌いだったんだっ!!」


 目を血走らせながら、ヘクターが喚き散らす。ローナの見開かれた双眸から、涙が一筋、零れた。

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