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 二人が乗る馬車のすぐ傍で待機していたエリカの護衛役の男が、扉を壊す勢いで中に入ってきた。

 まさか絶叫されるとは夢にも思っていなかったバージルは、エリカに突き飛ばされた体勢のまま、固まっていた。

 そして。

 自分が嫌われていることに、ようやく気付いたバージルは、唖然としていた。



「──この恥さらしが!!」

 知らせを受けたカステロ伯爵の怒りは、頂点に達していた。未遂とはいえ、元婚約者を、それも自ら傷付けた女性を、襲おうとしたのだから、同情の余地などなく。

 カステロ伯爵家から除籍したうえで、バージルは、修道院送りにされた。




 ──数年後。

 エリカは日に日に膨らんでいくお腹を、愛おしそうにそっと撫でてから、椅子の背もたれに体重を預け、屋敷の窓から、オレンジ色の空を見上げた。

 ──ああ。もうすぐ、クラーク様が帰ってくるころね。

 クラークは父の跡継ぎとして、日々、忙しい日々を送っている。それでも、愚痴の一つも聞いたことがなく。それどころか。いつも、身籠もっているエリカの体調を気遣ってくれる。

「……あなたはいま、誰を想っているのかしらね」

 満たされているいまだからこそ、思う。バージルは、可哀想な人だったのだと。だって、あの人が満たされることなど、決してないだろうから。

 アルマを想い続けている限り、ずっと。

 もっとも、バージルが修道院送りになってからは一度も会ってないので、本当のところはわからないのだが。

「お帰りなさいませ、旦那様」

 玄関ホールから響く、クラークを出迎える使用人たちの声。ほどなく、応接室の扉が開いた。

「いま、戻ったよ。エリカ」

「お帰りなさい、あなた」

「体調はどう?」

「ふふ。今朝と変わらず、元気よ」

「それはよかった」

 そう笑うと、クラークは懐から手紙を取り出した。

「手紙が届いていたよ。近々、義姉上が来るって。子どもたちを連れてね」

「まあ、本当?」

「うん。きみに会えるのを、楽しみにしているってさ」

「わたしもよ。たった一人の、お義姉様ですもの」

 言葉に嘘はない。あのことがあってから、エリカとアルマの距離はむしろ縮まり、いまでは本当の姉妹のように、互いに想い合っている。

 クラークから手紙を受け取り、目を通す。思いやりの言葉の数々に、エリカが目を細める。


 女性としての魅力がないわたしに、子を身篭もれる日が来るのかしら。不安と恐怖の日々は、実のところ、クラークとの初夜を迎えるまで続いていた。人知れず泣いた夜は、数え切れない。

 ──でも。

 わたしにもね、女性として見てくれる人はいたのよ。


 ごめんね、バージル。


 わたし、いま、幸せだわ。



               ─おわり─
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