婚約者に選んでしまってごめんなさい。おかげさまで百年の恋も冷めましたので、お別れしましょう。

ふまさ

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「僕でよければ、喜んで」

 バージルが微笑むと、子爵令嬢は、目をキラキラと輝かせた。

「本当ですか?!」

「うん。これから、よろしくね」

「嬉しい!」

 子爵令嬢はバージルに駆け寄ると、勢いよく抱き付き、流れるように口付けをした。バージルは呆然とながら、はっとしたように、子爵令嬢を無理やり引き剥がした。

「……どうされたのですか?」

 子爵令嬢が、キョトンとする。それはこちらの科白だと、バージルは口を拭った。

「あ、あまりにも突然過ぎる。僕たちは、いま、知り合ったばかりだろう」

 やだ。子爵令嬢が、いたずらっぽく笑う。

「バージル様ったら。可愛いんだから。はじめての口付けじゃあるまいし、そんなに照れなくてもいいじゃないですか」

「照れているわけじゃない」

 むしろ、怒りすら湧いてきたバージルの手を取った子爵令嬢は、その手を、自分の胸に押し当てた。

 実の姉以外に女性としての興味を持てないバージルが、顔と声を引き攣らせる。子爵令嬢はそれを、どう受け取ったのか。

「うふふ。婚約者がいたというのに、こういうことに慣れていないんですね。大丈夫ですよ。あたしが手取り足取り、教えて差し上げますから」

 この時点ではあまり知られていないが、この子爵令嬢は後に、男好きとして学園内で有名になることになる。学園に入学してまだ一年も経っていない現在でも、すでに三人と付き合い、浮気が原因で別れている。

 バージルは背筋がぞっとした。アルマは常に品があり、優雅で、バージルの理想そのものだ。けれどエリカも、奥ゆかしくて、決してこんな下品なことはしなかった。

「…………っっ」

 バージルは子爵令嬢を突き飛ばし、逃げるようにその場から走り去った。後ろで子爵令嬢がなにやら叫んでいたが、振り返るつもりも、止まるつもりもなかった。

(……そうか。そうだったんだ!)

 走りながら、バージルは血が出るのもかまわず、口を拭い続けた。気持ち悪くて、気持ち悪くて。たまらなかったから。

「エリカに伝えないと……っ」

 校舎内に入り、エリカの教室に向かう。もしいなければ、屋敷に。そう決意しながら足を動かす。

「──失礼しました」

 運命か。というタイミングで、エリカが目の前の職員室から出てきた。バージルは息を切らしながらも、嬉しさを隠しきれないように、エリカに笑顔で駆け寄った。


「──エリカ!!」


 こちらを振り向いたエリカの顔が、歪む。無視して去ろうとするエリカの肩を、バージルは必死に追いかけ、掴んだ。



「待ってくれ。とても大事な話しがあるんだ」

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