婚約者に選んでしまってごめんなさい。おかげさまで百年の恋も冷めましたので、お別れしましょう。

ふまさ

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 仕事から帰宅してきたカステロ伯爵も交え、身内だけの小さな晩餐会が開かれた。久しぶりの家族の再会に、話しが盛り上がる。気付けばすっかり外は暗くなっており、エリカはその日、カステロ伯爵の屋敷に泊まることになった。

 勝手知ったる客室で、寝間着に着替えるエリカ。明日は朝から、アルマとバージルと三人で、街に出掛けることになっている。もう寝ようと、寝台に入り、目を閉じた。


「……眠れない」

 一時間。二時間。時間だけが過ぎていく。原因はわかっている。アルマ以外には、決して向けない、バージルの笑顔が脳裏に焼き付いて離れてくれない。はしゃぐバージルの姿が、言葉が、考えないようにしても、勝手に脳内で繰り返され、結果、頭が冴えてしまうからだろう。

「……喉、かわいたな」

 諦めたように呟くと、蝋燭に火をつけ、燭台を持ち、立ち上がった。扉を開け、廊下に出る。

 階段を下ろうと伸ばした足を、エリカはぴたっと止めた。なにか、くぐもった微かな声が背後から聞こえた気がしたからだ。

 ぞくっとし、燭台を後ろに向ける。そこには、誰もいない。ほっとしつつ、そこから一番近くにある部屋に目を向ける。そこは、かつてのアルマの部屋で、今晩、アルマが泊まっている部屋でもあった。

(……気のせいかな)

 思ったと同時に、目線の先の扉が勢いよく開いた。びくっと肩を震わせるエリカの視界に飛び込んできたのは、アルマだった。

「……アルマ様?」

 エリカが思わず呟くと、アルマは、目尻に涙を浮かべながら「逃げて!」と叫んだ。

「ど、どうされたのですか?」

「へ、部屋に、誰かが侵入してきたの……馬乗りにされて、口を塞がれて……あ、あたし……ひいっ」

 アルマがエリカに抱き付く。こつ、こつ。アルマの部屋から、こちらに向かってくる足音が響いてきたからだ。

「だ、誰か……っ」

 ガタガタと震えながら助けを呼ぼうとするが、恐怖から、まともに声が出せない。逃げないと。逃げないと。頭ではわかっているのに、身体が動いてくれない。


「──姉上、僕です。大丈夫ですよ」


 部屋から現れ、エリカの手にある蝋燭の灯りに照らされのは、紛れもなく、バージルだった。その顔は、困ったように眉尻が下がっていた。

「…………え?」

 アルマが、キョトンと目を瞠る。心底不思議そうな顔をするアルマに、バージルが肩を竦める。

「何度も僕だと告げたのに、姉上、ちっとも聞いてくれないから」

「……く、暗闇で、しかも寝ているときに、突然あんなことをされたら、誰だってパニックになるわ……」

「そうですね。配慮が足りませんでした。怖がらせて、申し訳ありません」

「は、配慮って……あなたはいったい、なにがしたかったの……?」

 その問いにはっとしたのは、エリカだった。まさか、いくらなんでも。震えながらも、質問せずにはいられなかった。


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