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 わんわん泣いて、よくやく落ち着きを取り戻したエリノアは、クリフに深々と頭を下げていた。

「……取り乱してしまい、申し訳ありませんでした」

 結局、客室までクリフに運んでもらったあげく、その後もしばらく泣き続けてしまった。そのあいだクリフはずっと、慰めるようにエリノアの背を撫でてくれていた。大丈夫。もう大丈夫と。

「そんなこと、しなくていいんだよ。ほら、頭を上げて?」

「……ですが」

「それに、謝らなくてはならないのはわたしたちの方だよ。きみはまだ、十五歳で。聖女という大変な役目を負いながら、立派にその役目を果たしてくれている。なのに、きみの苦しみに気付くのが、こんなにも遅れてしまった」

「い、いえ。そんな……確かに魔物は怖ろしいですが、わたし、聖女のお仕事は嫌いじゃないんです。いろんな人が、ありがとうって言ってくれますから」

 クリフは、そうか、と口元を緩めた。

「すごいな、きみは」

「そんなことは……あ、ですので、わたし、聖女のお仕事は続けたいんです、が……あの」

 エリノアの言わんとすることに気付いたクリフが、ああ、と笑った。

「きみから詳しい話しも聞けたし、これから、父上に報告しにいくよ。そしたらアントン・ゴーサンスは、しばらくのあいだ、謹慎処分になると思うよ」

「ほ、本当ですか?」

「うん。賊のことはこれから調査するとしても、だ。その賊にみすみす聖女を攫われた失態に、聖女への暴行。暴言。これだけでも、理由としては充分だよ」

「そう、でしょうか……?」

 首を傾げるエリノアに、クリフは、あのね、とゆっくり口火を切った。

「彼は貴族の息子ではあるが、次男で、伯爵の爵位も継げなければ、土地や財産も相続できない身なんだ。そんな彼が騎士として名をはせ、名誉を得られたのは、聖女であるきみの活躍があってこそなのだけれど──どうやらあの男は、そんなことすらわからなくなるほど傲ってしまったらしいね」

 途中からどんどん怒気を含ませていったクリフは、自身を落ち着かせるように、一つ、ため息をついた。

「……聖女は、常に危険と隣り合わせだ。給金がでるとはいえ、逃げ出す者も少なくない。きみのような少女にそんな役目を背負わせて、本当にすまないと思っている」

 懺悔のような重苦しい口調で、顔を伏せるクリフに、エリノアはキョトンとした。

「? えと。聖女候補となったときから衣食住は保証されますし、聖女となったいまは、人々から感謝されていますし……少なくともわたしは、聖女になれてよかったと思っていますよ……?」

 たどたどしくも思いを言葉にするエリノアに、クリフは、そう、と小さく笑った。その笑顔に、エリノアは、あ、と僅かに目を瞠った。

(誰かの笑顔をこうして真正面から見たの、久しぶりだな……)

 リビーとアントンの密会を知っていらい、人間不信に陥り、まともに人の顔を見れていなかったことに、エリノアはこうなってみて初めて気付いた。それほどまでに、心に余裕がなかったことにも。

(……リビーとアントン様は、どんな風に笑っていたっけ)


 ぼんやりと、エリノアはそんなことを思った。

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