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「証拠はなにもない。だが、わたしなりに結論を出した」

 静かに。けれど確かな決意を込めた声色で、アラスターは告げた。

「カイラは、お前たちに唆されたと言い、一方で三人は、カイラに命じられて仕方なくと証言したわけだが」
 
 四人が、くわっと目を剥いた。ふざけるな、あんたがと、罵り合う。

「いい? あんたたちの言うことなんて、アラスターは信じたりしないわ! あたしに罪をなすりつけようなんて、最低! 誰のおかげでこんな立派な屋敷の使用人になれたと思ってんの?!」

 カイラは吐き捨てると、腕を組むアラスターを潤んだ目で見上げた。

「アラスター。もういいわ。今回のことで、こいつらの本性はわかった。屋敷から追い出して」
 
 声を荒げようとする他三人を手で制したアラスターはカイラを見ながら「二人の婚約者候補に会ってきた」と、口火を切った。

「……ニアさんの、前の人たち?」

「そうだ。一人目は、お前に怒鳴られ、打たれそうになったと証言してくれた。そして二人目には会ってもらえなかったが、父親の子爵と話ができた。わたしとお前たちに、娘を傷付けたぶんの慰謝料を請求するそうだ」

 四人が、驚愕に目を見開いた。

「ふざけるな! オレは本当になにもしてねえ!」

「そうですよ。実行犯は、カイラとブリアナの二人です!」

 シェフと執事。二人の男が叫ぶ。

「……そうだ。お前たちは、カイラたちがすることを、ただ、笑って見ていた」

 怒りを宿したアラスターの声色に、二人がぐっと押し黙る。

「もちろん、ニア嬢にも慰謝料は払ってもらう。お前たちの貯蓄すべてを差し出しても足りない場合、借金をしてでも払ってもらうからそのつもりで。金がない、払えませんでは、絶対にすまさない」

「……まさか、この先ずっとただ働きしろと?」

「ただ働き? まさか、まだここにいられると思っているのか? 解雇に決まっているだろう」

 ブリアナが、そんな、と声を上げた。

「貴族が請求する金額なんて、とても払えませんよ! アラスター様は親が払ってくれるから、慰謝料なんてなんでもないんでしょうけど、私たちは──っ」

「まさか。父上にはオールディス伯爵家から除籍するように頼み、縁を切る。そしてわたしも、自分で働いたお金で慰謝料を支払うよ」

「ア、アラスター……嘘、よね。いくらあたしと結婚するためだからって、伯爵と縁を切ったうえで、慰謝料も支払うなんて。あなたは世間を舐めすぎているわ」

 カイラがよろけながら、アラスターに手を伸ばす。その手を、アラスターが振り払った。触るな、と。

「アラスター……?」

「わたしが兄に、虫を食べさせられそうになった話をお前にしたときのことを、覚えているか」

「お、覚えているわ。あなたはとても辛そうで、苦しそうで、見ていられなかった」
 
「わたしがどれだけ傷付いたか。尊厳を犯されたか。お前にだけは伝えたよな。なのにお前は、ニア嬢に同じことをした」

「……そ、それは。ブ、ブリアナが」

「言い訳はもういい。わたしがこの目で見たことだけは、どう足掻いても覆せはしない。お前はわたしがこの世でもっとも嫌悪する、兄と同じだ。そんなお前と、結婚? 想像だけで、吐き気がする」

 殺意さえこもった視線に、カイラは呆然としながら、がくっと膝をついた。

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