死にたがり令嬢が笑う日まで。

ふまさ

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 アラスターの姿が消え、ようやく少し落ち着いてきたニアは、寝台に仰向けで寝転がった。

(……少し。少しだけ休んでから、片付けよう)

 けれどそれからほどなく、バケツと雑巾を持ったアラスターが戻ってきた。驚きはしたが、正直、動くのが億劫だったニアは、朦朧としながらも、身体を起こした。

「……すみません。わざわざ持ってきてもらって。いますぐ、片付けますね」

「──馬鹿を言うな」

 そう言って、アラスターは、迷うことなく吐瀉物を片付けはじめた。あまりのことにニアは、ぽかんとした。

「……なにをしているのですか?」

「掃除をしている。いいから、横になってなさい」

「でも。そんなこと、許されるはずがありません」

 アラスターは「──誰に?」と、手を止めた。ニアと視線が交差する。ニアは、辛そうではあったが、無表情だった。

 少し黙考したあと、ニアは、言えません、と返答してきた。さらにアラスターが、どうしてと重ねると、ニアは。

「だって。アラスター様が信じるのは、カイラ様だけなのでしょう?」

 さらっと。感情なく、ニアは呟いた。

 アラスターは、目を見開いた。

 その姿が、科白が、過去の自分と、重なったから。



 吐瀉物を掃除し終えたアラスターは、寝台に座らせたニアの前に立ち、静かに問いかけた。

「──本当に、医者に見てもらわなくていいのか?」

「はい」

「なにか重大な病気かもしれないんだぞ?」

「いいえ。原因はわかっているので、大丈夫です」

「……原因? それはなんだ?」

「言えません」

 アラスターの肩が、大きく揺れた。下を向いたままのニアは、気付かない。ごくりと唾を呑み込み、アラスターは意を決したように口を開いた。

「カイラが、関係しているのか」

「言えません」

 機械仕掛けのように、ニアが同じ科白を繰り返す。アラスターの頭の中はぐちゃぐちゃだった。これではもう、答えを言っているようなものだ。

 唇を噛み締める。口の中にじわりと、鉄の味が広がった。

「……悪かった。きみを信じる。信じるから、カイラになにかされたのなら、教えてくれ」

 消え入りそうな声で、アラスターは頭を下げた。ニアは目を丸くしながらも、真実を語ろうとはしなかった。

「これ以上の辛さも苦さも、気持ち悪いのも、たぶん、わたしは耐えられないと思うんです。だから、言えません」

 アラスターに告げれば、いま以上の苦しみが与えられる。ニアは、そう言っているのだ。それはイコール、アラスターを信じていないということ。

(……当然だな)


『これだけは、覚えておいてほしい。わたしが心から信用するのも、愛しているのも、カイラだけだ。この先、それだけは、変わることはない』


 どうしてあんなことを告げてしまったのか。

 いまとなっては、ただ、後悔しかない。


「……わかった。なにも聞かない。代わりと言ってはなんだが、一つだけ、頼みがある」

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