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  馬車に乗り、父親から与えられた屋敷に向かう。敷地内なので、徒歩でも充分移動できる距離なのだが、なにかあってはと、馬車移動が義務づけられている。

 反吐が出る。
 胸中で、アラスターが吐き捨てる。

 ほどなく、屋敷が見えてきた。ニアがいるであろう二階の部屋を見上げる。

(もう何日も、顔を見ていないな……)

 カイラたちによると、自由気ままにしているそうだが。

「……あまり、想像がつかないんだよな」

 最近は、カイラたちになにも嫌がらせの類いはしていないそうで。ほっとしつつも、胸の中心で、いつもなにかが引っかかっているような気がしていて。

 これまでの婚約者候補たちは、二人きりで向かい合う時間がほとんどなかった。二人とも、この街に住む貴族令嬢だったから。

 でも、ニアは違う。王都からここまで、約十日の馬車移動をした。そのあいだ、ずっと一緒にいた。むろん、寝泊まりする部屋は別々だったが。

「……いや、よそう。人の本性など、そうそう見えないしな」

 決めたのだ。誓ったんだ。

 カイラを信じると──。




 その晩。

「……眠れない」

 暗闇の中。アラスターは小さくぼやいた。久しぶりに、父親と仕事以外の会話をしたからだろうか。脳がやけに興奮していた。

(庭でも散歩してくるか……)

 起き上がり、隣ですやすやと眠るカイラを起こさないように、寝台をおりる。月明かりの中、蝋燭に火をつけると、燭台を持ち、静かに部屋の外に出た。

 ──と。

 ぱたぱた。ぱたぱた。

 どこからか、足音がした。なんだとあたりを照らしながら見回すと、近くの扉が開いた。それは、ニアの部屋だった。

 中から飛び出してきたニアは下を向いていて、アラスターに気付いていなかった。階段に向かっていたアラスターとぶつかり、はっとしたように顔を上げた。

「ニア嬢? こんな夜中になにを……」

「アラスター様……すみませっっ」

 ニアは途中で口元を覆い、部屋に慌てて戻っていった。そこで耐えきれなくなったように屈み、ニアは、嘔吐していた。

「ニア嬢……?!」

 驚愕したアラスターが、ニアに駆け寄る。ニアは、申し訳ありません、と、途切れ途切れに呟いた。

「……す、ぐに、片付け、ますので」

「なにを言っているんだ! そんなこと気にしている場合じゃないだろ!!」

 誰か。一言叫んだアラスターの腕を、ニアが震える身体で掴んできた。

「……止めてください。お願いします」
 
 こんなに必死な形相は、はじめてで。アラスターは数秒黙り込んだあと、わかったと呟き、部屋から出て行った。

 
 
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