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「ラナ!」

 教室に入ってくるなり、声を荒げた男の声により、それは遮られてしまった。耳に馴染んでしまった声音に目線を向ける。思った通り、ラナの名を呼んだのはニックだった。ラナのいる方へ駆け足で寄ってくる。ラナは知らず、眉を寄せていた。

「君の家まで迎えに行ったら、もう学園に行ったって聞いて、慌てたよ。昨日、先に帰ったのも具合が悪かったからだって聞いて、とても心配していたんだ」

 少し長めに伸ばされた金髪を揺らしながら、ニックが緑色の目を細める。昨日までは確かに、愛していた。その髪も目も、整った顔も、柔らかい声音も、好きだった。けれど。

(……なんだろう。全てがいらっとしてしまうわ)

 そんなラナの胸中など、ニックが気付くはずもなく。

「もう具合はいいの? 無理はしないで。お願いだから、私を頼ってほしい。だって、私は君の婚約者なのだから」

 ニックが優しい笑みをたたえる。昨日までのラナなら、目を潤ませて、何だったら、ニックの腕の中に飛び込んでいたかもしれない。そう。昨日までのラナなら確かにそうしていた。ニックもそう考えたのだろう。なんの反応もしないラナに、首をかしげる。隣に座るリタも、不思議そうにラナを見ている。

「……ラナ? どうしたんだい? やっぱり具合が──」

 ニックが手を伸ばす。それを、ラナは笑顔で制した。

「大丈夫よ、ニック。心配してくれてありがとう」

 笑ってくれたことに、ニックがほっと息をついた。拒絶されたことには、まるで気付いていない。

「あ、ああ。婚約者として、当然だよ」

「ねえ、ニック。そろそろ授業がはじまるわ。教室に戻ったほうがいいんじゃないかしら」

「え? いや、まだ時間はあるよ。だからもう少し、君と一緒にいたいのだけれど……駄目かい?」

 ぴく。無理やり上げた口角が動き、笑顔が崩れそうになるラナ。駄目よ。まだ我慢して。普段通りに。ラナが自身に言い聞かす。そこに、レズリーがやってきた。ひょっこりと教室の扉から顔を出し、教室内を見回す。ラナとニックを見つけると、嬉しそうに中に入ってきた。

「二人とも、ここにいたんだね。いつものところにいないから、びっくりしちゃった」

 ウェーブのかかった柔らかくて薄い金の髪をふわふわとさせながら、レズリーが小走りしてくる。甘いお菓子みたいな、かわいい、かわいいレズリー。同じ年だけれど、ラナを慕い、甘えてくるレズリーを妹のように思っていた。大切だった。人付き合いの苦手なレズリーには、ラナとニック以外に友人はいない。だからいつも、ラナたちにくっついていた。私たちは親友だね。いつだったか。そう言ってきたのは、レズリーのほうだった。

 
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