上 下
32 / 32

32

しおりを挟む
「大丈夫。ジャスパーは修道院の地下牢にいるよ。父上がきちんと確認してくれたから、安心して」

「そ、そうなの……良かった……」

 マリーは肩の力を抜いた。知らず知らず、力が入っていたようだ。

「でもどうして、わざわざそんなこと……」

「だって今日だろ? きみが過去へと戻された日は」

 マリーは驚きながらも「覚えてくれていたのね……」と、頬をゆるめた。正確な日付を言ったのは、たった一度。ジャスパーに殺された未来を話したときだけだ。

(……それなのに、ちゃんと覚えてくれていたんだ)

 怯えていた心が、少しだけ楽になるのを感じた。

「もちろん。僕だけじゃなく、ランゲ公爵も、父上も、ちゃんと覚えていたよ。忘れるはずがない」

「ありがとう。だからわざわざ、教えにきてくれたのね。わたしを安心させるために」

「そうだけど。それだけじゃないよ」

「他に何か用事が?」

 ルイスは「朝まで、きみと語り明かそうと思って」と、優しい笑みをたたえた。急な提案にマリーが戸惑う。

「ま、まだ婚約者でもないあなたと一晩を共にするのは……」

 拒絶する様子もなく、まだ、と口にした娘に笑いそうになりながら、ランゲ公爵は「いいんじゃないか?」とあっさり告げた。

「お、お父様?!」

「お前たちはよく、一緒に寝ていたじゃないか。何を今さら」

「それは小さなころの話しです!」

「ランゲ公爵の許しも得たことだし、きみの部屋へ行こうか。今夜は冷えるから、何か温かい飲み物を用意してもらおう」

「…………でもっ」

「本当に嫌なら、きちんと言って? 僕はすぐに帰るから」

 嫌、なはずはなかった。本当は、涙が出るほど嬉しかったから。たった一回告げた日付を覚えてくれていた。その上で、遠くからわざわざ来てくれた。

 物のように崖に投げ捨てられたあの瞬間が脳裏を過り、数日前から眠れなくなっていた。父親に心配はかけたくないから、何でもない風を装っていたけど。本当は怖かった。今日という日が来るのが。でも。

 ──甘えてみても、許されるのなら。

「……学園での話を、聞かせてもらえる?」

 涙を堪え、マリーが微笑む。ルイスは「いいよ。何から話そうか」と目を細めた。
 


 これより一年半後。

 王立学園を卒業したルイスは、マリーにこう告げるのだ。

「あらためて言うよ。僕は、きみのことが好きだ。さあ。返事を聞かせて?」



             ─おわり─
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

愛を乞うても

豆狸
恋愛
愛を乞うても、どんなに乞うても、私は愛されることはありませんでした。 父にも母にも婚約者にも、そして生まれて初めて恋した人にも。 だから、私は──

愛されない花嫁はいなくなりました。

豆狸
恋愛
私には以前の記憶がありません。 侍女のジータと川遊びに行ったとき、はしゃぎ過ぎて船から落ちてしまい、水に流されているうちに岩で頭を打って記憶を失ってしまったのです。 ……間抜け過ぎて自分が恥ずかしいです。

ずっとあなたが欲しかった。

豆狸
恋愛
「私、アルトゥール殿下が好きだったの。初めて会ったときからお慕いしていたの。ずっとあの方の心が、愛が欲しかったの。妃教育を頑張ったのは、学園在学中に学ばなくても良いことまで学んだのは、そうすれば殿下に捨てられた後は口封じに殺されてしまうからなの。死にたかったのではないわ。そんな状況なら、優しい殿下は私を捨てられないと思ったからよ。私は卑怯な女なの」

(完結)親友の未亡人がそれほど大事ですか?

青空一夏
恋愛
「お願いだよ。リーズ。わたしはあなただけを愛すると誓う。これほど君を愛しているのはわたしだけだ」  婚約者がいる私に何度も言い寄ってきたジャンはルース伯爵家の4男だ。 私には家族ぐるみでお付き合いしている婚約者エルガー・バロワ様がいる。彼はバロワ侯爵家の三男だ。私の両親はエルガー様をとても気に入っていた。優秀で冷静沈着、理想的なお婿さんになってくれるはずだった。  けれどエルガー様が女性と抱き合っているところを目撃して以来、私はジャンと仲良くなっていき婚約解消を両親にお願いしたのだった。その後、ジャンと結婚したが彼は・・・・・・ ※この世界では女性は爵位が継げない。跡継ぎ娘と結婚しても婿となっただけでは当主にはなれない。婿養子になって始めて当主の立場と爵位継承権や財産相続権が与えられる。西洋の史実には全く基づいておりません。独自の異世界のお話しです。 ※現代的言葉遣いあり。現代的機器や商品など出てくる可能性あり。

私の知らぬ間に

豆狸
恋愛
私は激しい勢いで学園の壁に叩きつけられた。 背中が痛い。 私は死ぬのかしら。死んだら彼に会えるのかしら。

私のウィル

豆狸
恋愛
王都の侯爵邸へ戻ったらお父様に婚約解消をお願いしましょう、そう思いながら婚約指輪を外して、私は心の中で呟きました。 ──さようなら、私のウィル。

国王の情婦

豆狸
恋愛
この王国の王太子の婚約者は、国王の情婦と呼ばれている。

あなたへの想いを終わりにします

四折 柊
恋愛
 シエナは王太子アドリアンの婚約者として体の弱い彼を支えてきた。だがある日彼は視察先で倒れそこで男爵令嬢に看病される。彼女の献身的な看病で医者に見放されていた病が治りアドリアンは健康を手に入れた。男爵令嬢は殿下を治癒した聖女と呼ばれ王城に招かれることになった。いつしかアドリアンは男爵令嬢に夢中になり彼女を正妃に迎えたいと言い出す。男爵令嬢では妃としての能力に問題がある。だからシエナには側室として彼女を支えてほしいと言われた。シエナは今までの献身と恋心を踏み躙られた絶望で彼らの目の前で自身の胸を短剣で刺した…………。(全13話)

処理中です...