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「大丈夫。ジャスパーは修道院の地下牢にいるよ。父上がきちんと確認してくれたから、安心して」
「そ、そうなの……良かった……」
マリーは肩の力を抜いた。知らず知らず、力が入っていたようだ。
「でもどうして、わざわざそんなこと……」
「だって今日だろ? きみが過去へと戻された日は」
マリーは驚きながらも「覚えてくれていたのね……」と、頬をゆるめた。正確な日付を言ったのは、たった一度。ジャスパーに殺された未来を話したときだけだ。
(……それなのに、ちゃんと覚えてくれていたんだ)
怯えていた心が、少しだけ楽になるのを感じた。
「もちろん。僕だけじゃなく、ランゲ公爵も、父上も、ちゃんと覚えていたよ。忘れるはずがない」
「ありがとう。だからわざわざ、教えにきてくれたのね。わたしを安心させるために」
「そうだけど。それだけじゃないよ」
「他に何か用事が?」
ルイスは「朝まで、きみと語り明かそうと思って」と、優しい笑みをたたえた。急な提案にマリーが戸惑う。
「ま、まだ婚約者でもないあなたと一晩を共にするのは……」
拒絶する様子もなく、まだ、と口にした娘に笑いそうになりながら、ランゲ公爵は「いいんじゃないか?」とあっさり告げた。
「お、お父様?!」
「お前たちはよく、一緒に寝ていたじゃないか。何を今さら」
「それは小さなころの話しです!」
「ランゲ公爵の許しも得たことだし、きみの部屋へ行こうか。今夜は冷えるから、何か温かい飲み物を用意してもらおう」
「…………でもっ」
「本当に嫌なら、きちんと言って? 僕はすぐに帰るから」
嫌、なはずはなかった。本当は、涙が出るほど嬉しかったから。たった一回告げた日付を覚えてくれていた。その上で、遠くからわざわざ来てくれた。
物のように崖に投げ捨てられたあの瞬間が脳裏を過り、数日前から眠れなくなっていた。父親に心配はかけたくないから、何でもない風を装っていたけど。本当は怖かった。今日という日が来るのが。でも。
──甘えてみても、許されるのなら。
「……学園での話を、聞かせてもらえる?」
涙を堪え、マリーが微笑む。ルイスは「いいよ。何から話そうか」と目を細めた。
これより一年半後。
王立学園を卒業したルイスは、マリーにこう告げるのだ。
「あらためて言うよ。僕は、きみのことが好きだ。さあ。返事を聞かせて?」
─おわり─
「そ、そうなの……良かった……」
マリーは肩の力を抜いた。知らず知らず、力が入っていたようだ。
「でもどうして、わざわざそんなこと……」
「だって今日だろ? きみが過去へと戻された日は」
マリーは驚きながらも「覚えてくれていたのね……」と、頬をゆるめた。正確な日付を言ったのは、たった一度。ジャスパーに殺された未来を話したときだけだ。
(……それなのに、ちゃんと覚えてくれていたんだ)
怯えていた心が、少しだけ楽になるのを感じた。
「もちろん。僕だけじゃなく、ランゲ公爵も、父上も、ちゃんと覚えていたよ。忘れるはずがない」
「ありがとう。だからわざわざ、教えにきてくれたのね。わたしを安心させるために」
「そうだけど。それだけじゃないよ」
「他に何か用事が?」
ルイスは「朝まで、きみと語り明かそうと思って」と、優しい笑みをたたえた。急な提案にマリーが戸惑う。
「ま、まだ婚約者でもないあなたと一晩を共にするのは……」
拒絶する様子もなく、まだ、と口にした娘に笑いそうになりながら、ランゲ公爵は「いいんじゃないか?」とあっさり告げた。
「お、お父様?!」
「お前たちはよく、一緒に寝ていたじゃないか。何を今さら」
「それは小さなころの話しです!」
「ランゲ公爵の許しも得たことだし、きみの部屋へ行こうか。今夜は冷えるから、何か温かい飲み物を用意してもらおう」
「…………でもっ」
「本当に嫌なら、きちんと言って? 僕はすぐに帰るから」
嫌、なはずはなかった。本当は、涙が出るほど嬉しかったから。たった一回告げた日付を覚えてくれていた。その上で、遠くからわざわざ来てくれた。
物のように崖に投げ捨てられたあの瞬間が脳裏を過り、数日前から眠れなくなっていた。父親に心配はかけたくないから、何でもない風を装っていたけど。本当は怖かった。今日という日が来るのが。でも。
──甘えてみても、許されるのなら。
「……学園での話を、聞かせてもらえる?」
涙を堪え、マリーが微笑む。ルイスは「いいよ。何から話そうか」と目を細めた。
これより一年半後。
王立学園を卒業したルイスは、マリーにこう告げるのだ。
「あらためて言うよ。僕は、きみのことが好きだ。さあ。返事を聞かせて?」
─おわり─
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