大好きだったあなたはもう、嫌悪と恐怖の対象でしかありません。

ふまさ

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「ジャスパー」

 崩れ落ちたジャスパーに、マリーが近付く。ジャスパーがすがるような双眸を向けてくる。

「あ、ああ……マリー、助けてくれ。修道院なんて冗談じゃない……ぼくはきみと結婚がしたいんだ」

 マリーは「無理よ。だってわたし、あなたのこと嫌いだもの」ときっぱりと言い捨てた。

「違うわね。嫌いって言葉がぬるいぐらい、あなたが憎いわ。憎くて憎くて、頭がどうにかなりそうよ」

 マリーは腰を屈め、床に膝をついた。いまは恐怖の感情よりも、憎しみが勝っていた。

「血の繋がった弟でさえ、簡単に殺そうとしたあなただもの。わたしなんて、虫を殺すより心が痛まなかったんじゃない?」

 ジャスパーが「……何を言っているのかわからない……ぼくがきみを殺すはずないじゃないか……」と、否定するようにゆるく頭をふる。

「どんな言葉を並べても、わたしはあなたと結婚するつもりはないし、助けるつもりもない。だからね。もう本当のこと、言っていいのよ?」

「…………何を」

「本当はわたしのこと、ずっと嫌いだったんでしょう? ただ将来楽をするために、必死で我慢して、わたしに優しくしていただけなのよね?」

 ジャスパーがボロボロと泣きはじめた。どうしてそんなことを言うんだと、泣き叫ぶ。マリーは惑わされことなく続けた。胸にある首飾りを握りしめながら。

「もうわたしに取り繕っても、何にもならないのよ。本音を言うなら、今しかないわ。わたしとあなたは、二度と会うことなどないのだから」

 繰り返し続ける。我慢がきかなくなったジャスパーは、とうとう目をくわっと剥いた。

「──ああ、そうだよ。お前が言っていた通り、いつも金魚の糞みたいにくっついてくるお前が鬱陶しいったらなかった……誰だってそう思うさ。ぼくだけじゃない。公爵令嬢だから我慢してたけどな。お前と居るとストレスがたまる一方だったよ。こうなったのは全部、お前のせいだ!!」

 全ての胸の内を吐露したジャスパーが、荒く呼吸をする。押さえられない怒りのためか、ランゲ公爵のこめかみに血管が浮き出る。シュルツ伯爵はあまりのショックに目眩がしたのか、ふらついている。

「よくもそんな勝手なことを……マリーに近付き、告白をしてきたのは貴様の方だろうが!!」

「……あれだけ好きだ、愛していると囁きながら何を……端から見ていても、マリー嬢の行いは何ら問題などなかった……ただお前に愛されていると信じていたからこその行為だろう……? どこまで自己中心的なんだ、お前は……」

 二人の言葉にマリーは「いいえ。わたしにも反省すべき点はありました」と告げてから、けれど、と手を振り上げた。

「あなたがルイスたちにしたことは、あなた自身の問題よ。本当にあなたには、赤い血が流れているのかしら」

 バシッ。
 マリーは力の限りジャスパーの左頬をひっぱたいた。今度は目を白黒させるジャスパーの右頬を。最後にもう一度左頬を打ってから、マリーは薄く笑った。


「今のあなたも未来のあなたと変わらずに屑だと確認できてよかったわ──さよなら」


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