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 応接室に並ぶ、シュルツ伯爵家に仕える十人の使用人たち。ランゲ公爵はざっと全員を見ると、迷うことなく口火を切った。

「この中で、我が公爵家に仕えたい者はいるか?」

 ?!

 その場にいる全員が、目を丸くした。ランゲ公爵は続ける。

「シュルツ伯爵家に仕えたくない、正当な理由があるのなら、我が家に迎え入れよう。ただし、その理由をここで語ってもらうことが条件だ」

 しん。
 応接室が静まり返る。一番先に声をあげたのは、シュルツ伯爵だった。

「ラ、ランゲ公爵……これはどういう」

「シュルツ伯爵。すまないが、訳はあとで話す。今はただ、見ていてくれ」

 ランゲ公爵はシュルツ伯爵の横に立つジャスパーを見た。先ほどまでの動揺は消え、落ち着いた様子に見える。

(……マリーを逃しても、別の貴族の婿養子になればよいと考えているのだろうな)

 馬鹿なやつだ。馴れ合い過ぎて理解していないようだが、すでにジャスパーの運命は決まっている。高位貴族の怒りをかって生きていけるほど、貴族社会は甘くない。

 あいつはまだ、マリーを打とうとしたことのみが罪だと意識している。だからこそ、マリーとの婚約解消だけですむと思っているのだろう。

 ──さて。この中に、ジャスパーの本性を知る者はいるのだろうか。


 しばらく待ってみたが、誰も何も言わなかった。ずっと演技をしているのは、さぞやストレスがたまるだろう。残忍なジャスパーのことだ。ならば誰かにその鬱憤をはらしているのではないかと考えたが──その危険は犯していなかったということか。

「そうか。わかった。時間をとらせて悪かったな。もう下がって──」

「……あ、あの!」

 ランゲ公爵の言葉をか細い声で遮ったのは、一人の侍女だった。二十前後の侍女は、微かに身体を小刻みに震わせていた。

「──きみは?」

「ぼく付きの侍女ですよ、ランゲ公爵」

 ランゲ公爵の問いに答えたのは、ジャスパーだった。

「ランゲ公爵もお人が悪いです。誰だって、伯爵家より公爵家に仕えたいに決まっているじゃないですか。そんな提案をして、何がしたいのですか? マリーに手をあげようとしたぼくへの嫌がらせですか?」

「よく口がまわる。まるで詐欺師のようだな」

 ジャスパーが「……それはあんまりでは」と、不快に眉をひそめる。これ以上ランゲ公爵の不興を買いたくないシュルツ伯爵は、慌ててジャスパーの口をふさいだ。

「──そのまま、そいつの口をふさいでおけ」

 ランゲ公爵に低音で命じられたシュルツ伯爵は「は、はい!」と大きくうなずいた。
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