20 / 32
20
しおりを挟む
応接室に並ぶ、シュルツ伯爵家に仕える十人の使用人たち。ランゲ公爵はざっと全員を見ると、迷うことなく口火を切った。
「この中で、我が公爵家に仕えたい者はいるか?」
?!
その場にいる全員が、目を丸くした。ランゲ公爵は続ける。
「シュルツ伯爵家に仕えたくない、正当な理由があるのなら、我が家に迎え入れよう。ただし、その理由をここで語ってもらうことが条件だ」
しん。
応接室が静まり返る。一番先に声をあげたのは、シュルツ伯爵だった。
「ラ、ランゲ公爵……これはどういう」
「シュルツ伯爵。すまないが、訳はあとで話す。今はただ、見ていてくれ」
ランゲ公爵はシュルツ伯爵の横に立つジャスパーを見た。先ほどまでの動揺は消え、落ち着いた様子に見える。
(……マリーを逃しても、別の貴族の婿養子になればよいと考えているのだろうな)
馬鹿なやつだ。馴れ合い過ぎて理解していないようだが、すでにジャスパーの運命は決まっている。高位貴族の怒りをかって生きていけるほど、貴族社会は甘くない。
あいつはまだ、マリーを打とうとしたことのみが罪だと意識している。だからこそ、マリーとの婚約解消だけですむと思っているのだろう。
──さて。この中に、ジャスパーの本性を知る者はいるのだろうか。
しばらく待ってみたが、誰も何も言わなかった。ずっと演技をしているのは、さぞやストレスがたまるだろう。残忍なジャスパーのことだ。ならば誰かにその鬱憤をはらしているのではないかと考えたが──その危険は犯していなかったということか。
「そうか。わかった。時間をとらせて悪かったな。もう下がって──」
「……あ、あの!」
ランゲ公爵の言葉をか細い声で遮ったのは、一人の侍女だった。二十前後の侍女は、微かに身体を小刻みに震わせていた。
「──きみは?」
「ぼく付きの侍女ですよ、ランゲ公爵」
ランゲ公爵の問いに答えたのは、ジャスパーだった。
「ランゲ公爵もお人が悪いです。誰だって、伯爵家より公爵家に仕えたいに決まっているじゃないですか。そんな提案をして、何がしたいのですか? マリーに手をあげようとしたぼくへの嫌がらせですか?」
「よく口がまわる。まるで詐欺師のようだな」
ジャスパーが「……それはあんまりでは」と、不快に眉をひそめる。これ以上ランゲ公爵の不興を買いたくないシュルツ伯爵は、慌ててジャスパーの口をふさいだ。
「──そのまま、そいつの口をふさいでおけ」
ランゲ公爵に低音で命じられたシュルツ伯爵は「は、はい!」と大きくうなずいた。
「この中で、我が公爵家に仕えたい者はいるか?」
?!
その場にいる全員が、目を丸くした。ランゲ公爵は続ける。
「シュルツ伯爵家に仕えたくない、正当な理由があるのなら、我が家に迎え入れよう。ただし、その理由をここで語ってもらうことが条件だ」
しん。
応接室が静まり返る。一番先に声をあげたのは、シュルツ伯爵だった。
「ラ、ランゲ公爵……これはどういう」
「シュルツ伯爵。すまないが、訳はあとで話す。今はただ、見ていてくれ」
ランゲ公爵はシュルツ伯爵の横に立つジャスパーを見た。先ほどまでの動揺は消え、落ち着いた様子に見える。
(……マリーを逃しても、別の貴族の婿養子になればよいと考えているのだろうな)
馬鹿なやつだ。馴れ合い過ぎて理解していないようだが、すでにジャスパーの運命は決まっている。高位貴族の怒りをかって生きていけるほど、貴族社会は甘くない。
あいつはまだ、マリーを打とうとしたことのみが罪だと意識している。だからこそ、マリーとの婚約解消だけですむと思っているのだろう。
──さて。この中に、ジャスパーの本性を知る者はいるのだろうか。
しばらく待ってみたが、誰も何も言わなかった。ずっと演技をしているのは、さぞやストレスがたまるだろう。残忍なジャスパーのことだ。ならば誰かにその鬱憤をはらしているのではないかと考えたが──その危険は犯していなかったということか。
「そうか。わかった。時間をとらせて悪かったな。もう下がって──」
「……あ、あの!」
ランゲ公爵の言葉をか細い声で遮ったのは、一人の侍女だった。二十前後の侍女は、微かに身体を小刻みに震わせていた。
「──きみは?」
「ぼく付きの侍女ですよ、ランゲ公爵」
ランゲ公爵の問いに答えたのは、ジャスパーだった。
「ランゲ公爵もお人が悪いです。誰だって、伯爵家より公爵家に仕えたいに決まっているじゃないですか。そんな提案をして、何がしたいのですか? マリーに手をあげようとしたぼくへの嫌がらせですか?」
「よく口がまわる。まるで詐欺師のようだな」
ジャスパーが「……それはあんまりでは」と、不快に眉をひそめる。これ以上ランゲ公爵の不興を買いたくないシュルツ伯爵は、慌ててジャスパーの口をふさいだ。
「──そのまま、そいつの口をふさいでおけ」
ランゲ公爵に低音で命じられたシュルツ伯爵は「は、はい!」と大きくうなずいた。
253
お気に入りに追加
5,509
あなたにおすすめの小説
姉の所為で全てを失いそうです。だから、その前に全て終わらせようと思います。もちろん断罪ショーで。
しげむろ ゆうき
恋愛
姉の策略により、なんでも私の所為にされてしまう。そしてみんなからどんどんと信用を失っていくが、唯一、私が得意としてるもので信じてくれなかった人達と姉を断罪する話。
全12話
あなたへの想いを終わりにします
四折 柊
恋愛
シエナは王太子アドリアンの婚約者として体の弱い彼を支えてきた。だがある日彼は視察先で倒れそこで男爵令嬢に看病される。彼女の献身的な看病で医者に見放されていた病が治りアドリアンは健康を手に入れた。男爵令嬢は殿下を治癒した聖女と呼ばれ王城に招かれることになった。いつしかアドリアンは男爵令嬢に夢中になり彼女を正妃に迎えたいと言い出す。男爵令嬢では妃としての能力に問題がある。だからシエナには側室として彼女を支えてほしいと言われた。シエナは今までの献身と恋心を踏み躙られた絶望で彼らの目の前で自身の胸を短剣で刺した…………。(全13話)
すれ違う思い、私と貴方の恋の行方…
アズやっこ
恋愛
私には婚約者がいる。
婚約者には役目がある。
例え、私との時間が取れなくても、
例え、一人で夜会に行く事になっても、
例え、貴方が彼女を愛していても、
私は貴方を愛してる。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 女性視点、男性視点があります。
❈ ふんわりとした設定なので温かい目でお願いします。
真実の愛は素晴らしい、そう仰ったのはあなたですよ元旦那様?
わらびもち
恋愛
王女様と結婚したいからと私に離婚を迫る旦那様。
分かりました、お望み通り離婚してさしあげます。
真実の愛を選んだ貴方の未来は明るくありませんけど、精々頑張ってくださいませ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる