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「……マリー様がおかしくなったのは、マリー様の十二の誕生日からだと、ジャスパーお兄様はおっしゃっていました」

 ルイスが小さく呟く。何が言いたいのだろう。マリーは父親と目線を交差させながらも、無言で先をうながした。

「……もしかして。マリー様は本当に、あのことを誰かからお聞きになったのですか……?」

「──何のこと?」

 まるで思い当たることがないマリーとランゲ公爵の様子に、ルイスはまずいとばかりに自分の手で口を覆った。

「い、今のは聞かなかったことにしてください……っ!」

 ルイスの全身が小刻みに震えはじめる。マリーはルイスの言ったことより、ルイスの様子が何より心配になった。

「ルイス、どうしたの? 何にそんなに怯えているの?」

「い、言えません……っ」

 そのとき。「──誰かに脅されているのか」という、ランゲ公爵の冷静な声が頭上から降ってきた。ルイスが青い顔をしながらランゲ公爵を見上げる。

「……言えませんっ」

 震えながら必死に声をあげるルイス。その姿に、マリーは泣きそうになった。もう一度、強く、強くルイスを抱き締める。

「ごめん……ごめんね、ルイス……っ」

 困惑しながらも、ルイスはマリーの手を振りほどこうとはしなかった。ランゲ公爵が腰を屈め、ルイスと視線を合わせる。

「──ルイス。何も気付いてやれず、すまなかった。きみが望むなら、ランゲ公爵家の養子にならないか」

 驚いたのは、ルイスだけではない。マリーも目を丸くしながら、父親を見た。父親は優しい笑みをたたえていた。

「私たちは、真実が知りたい。きみを脅迫している者がこの屋敷にいるのなら、私の屋敷に来なさい。誰にも手出しはさせないと誓おう」

「そ、そんな……優秀なジャスパーお兄様じゃなく、ぼくを養子になんて……信じられません」

「ならば今すぐ、シュルツ伯爵と交渉しに行くとしよう。着いてきなさい」

 ランゲ公爵が手を伸ばす。その手を、ルイスはじっと見つめた。

「……本当、なのですか?」

「ああ。むろんだ」

「マリー様は、それで良いのですか……?」

 見上げてくるルイスを抱き締め「ええ、もちろんよ! お父様、ありがとう!」と、マリーは涙を流した。呆気にとられるルイスだったが、やがてぽつぽつと、あることを語りはじめた。

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