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 マリーからは、ルイスがバルコニーから転落したことしか聞いていなかった。なのにマリーは、血相を変えて部屋に入ったと思ったら、ジャスパーを問い詰めはじめた。何事かと扉の前で立ち尽くしていたランゲ公爵だったが、マリーのジャスパーへの問いかけで、理解した。

(──疑っているのか。ルイスをバルコニーから突き落としたのは、ジャスパーではないかと)

 ランゲ公爵にとってみれば、ルイスの部屋に、しかもバルコニーに、ルイスとジャスパーがそろっていたことすら驚愕で、ショックだった。マリーを信じてはいる。疑ってはいないが、同時に、信じたくない気持ちもあったから。

(大事な娘が愛する男に理不尽に殺されたなどと、誰が信じたいものか……っ)

 だがこれで、ジャスパーという男の本性がわかるかもしれない。これまで疑うことをまったくしてこなかった、男の本性を。

 ランゲ公爵は脳裏に愛する妻の顔を思い浮かべ、胸中で感謝の言葉を述べると、ルイスの部屋に足を踏み入れた。マリーの言う通り、金のために人を簡単に殺せる男が、自分の罪をみずから認めることなど決してしないだろう。なら、ルイスに直接聞くしかない。

「──ジャスパー。私たちは、ルイスと話しがしたい。お前は応接室で、シュルツ伯爵と待っていなさい」

 ジャスパーが「ラ、ランゲ公爵……?」と目を見開く。いつもと様子が違うことに気がついたのだろう。だが、必死に笑顔をつくり、食い下がる。

「お、お待ちください。ルイスは人見知りが激しく、家族がそばにいてあげないと、ろくに話もできないのです。ですから……っ」

 言われて、ランゲ公爵はルイスを見た。ルイスはマリーの背に隠れたまま、出てこようとしない。どころかマリーの服を掴み、微かに震えているのがわかった。

「お前の言うことが本当ならば、ルイスはマリーではなく、お前の背に隠れるのではないか?」

「そ、それは。ランゲ公爵の気迫に、身体が動かないのではないかと……」

 ランゲ公爵はぴくりと片眉をあげ「──二度言わせるな。この部屋から出ていけ」と吐き捨てた。言葉の応酬はらちがあかないと判断したからだ。

 刺すような視線に、ジャスパーが震えあがる。将来どうなるかは知らないが、今はまだ、十二の子どもだ。公爵という爵位を持ち、世間の荒波にもまれながらも毅然と立ち向かってきた大人に、全てにおいて敵うはずもなかった。

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