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「──お父様、これを」
国王が王位を退いた日の夕刻。マリーは父親の部屋を訪れ、一枚の紙を手渡した。父親は椅子に座りながら「……これは?」と、それを受けとった。
「わたしが覚えている限りの、これから起こることを書き出しました。一つ言い当てただけでは、とてもまだ信じられないでしょう?」
父親はそれを一読してから、机に紙を置いた。マリーに目線を向ける。十二になったばかりのはずの娘が、とても大人びて見えた。
「……マリー。どうであれ、お前はもう、ジャスパーを好いてはいないのだろう?」
この五日間。マリーはジャスパーに一度も会いにいってない。誕生日の前日までは、ほとんど毎日のようにジャスパーと会っていたのに、だ。流石に変に思ったジャスパーが屋敷まで訪ねてきても、具合が悪いから帰ってもらってと使用人に頼む始末。
マリーが語る、未来。過去。まだ信じられないが、ジャスパーに対する恋心がなくなってしまったことだけは、ランゲ公爵にもよくわかった。
「お前が嫌なら、ジャスパーとの婚約を破棄すればいい。私の望みは、お前の幸せなのだから」
「……お父様」
優しい言葉に、揺らぎそうになる。でも、それでは駄目なのだ。
「いいえ、お父様。それではこちらが慰謝料を払わなくてはいけなくなります」
「だろうな。だがお前のためなら、それぐらい惜しくはないさ」
「嫌です。だってそれは、ジャスパーを喜ばせるだけですもの」
父親は「……あのジャスパーがなあ。信じられんな」と、椅子の背もたれにもたれかけた。マリーがこぶしを強く握る。
「……だからこそ、怖いのです。わたしのような目には、誰にも遭ってほしくない……それを防ぐには、ジャスパーの恐ろしい本性を、みなに知ってもらうしか……っ」
マリーがこぶしを震わせ、両目に涙を浮かべる。好きだった。愛していた。心から。愛されていると思っていた。信じていた。だからこそ、許せない。想いが深かったぶん、憎しみは大きく。
──絶望と哀しみは、計り知れない。
目の前で静かに涙を流すマリー。父親はたまらず椅子から腰をあげ、娘を優しく抱き締めた。娘の涙を見るのは、何年ぶりだろう。母親を亡くしてからしばらくはずっと泣いていたが、ジャスパーの存在のおかげでそれもなくなった。そう思い、感謝していたのに。
「マリー。私は、お前の全てを信じるよ。やりたいようにやりなさい。ただし、無理はしないようにな」
背中をそっと撫でる。マリーは小さく、こくんとうなずいた。
「……ありがとうございます、お父様」
国王が王位を退いた日の夕刻。マリーは父親の部屋を訪れ、一枚の紙を手渡した。父親は椅子に座りながら「……これは?」と、それを受けとった。
「わたしが覚えている限りの、これから起こることを書き出しました。一つ言い当てただけでは、とてもまだ信じられないでしょう?」
父親はそれを一読してから、机に紙を置いた。マリーに目線を向ける。十二になったばかりのはずの娘が、とても大人びて見えた。
「……マリー。どうであれ、お前はもう、ジャスパーを好いてはいないのだろう?」
この五日間。マリーはジャスパーに一度も会いにいってない。誕生日の前日までは、ほとんど毎日のようにジャスパーと会っていたのに、だ。流石に変に思ったジャスパーが屋敷まで訪ねてきても、具合が悪いから帰ってもらってと使用人に頼む始末。
マリーが語る、未来。過去。まだ信じられないが、ジャスパーに対する恋心がなくなってしまったことだけは、ランゲ公爵にもよくわかった。
「お前が嫌なら、ジャスパーとの婚約を破棄すればいい。私の望みは、お前の幸せなのだから」
「……お父様」
優しい言葉に、揺らぎそうになる。でも、それでは駄目なのだ。
「いいえ、お父様。それではこちらが慰謝料を払わなくてはいけなくなります」
「だろうな。だがお前のためなら、それぐらい惜しくはないさ」
「嫌です。だってそれは、ジャスパーを喜ばせるだけですもの」
父親は「……あのジャスパーがなあ。信じられんな」と、椅子の背もたれにもたれかけた。マリーがこぶしを強く握る。
「……だからこそ、怖いのです。わたしのような目には、誰にも遭ってほしくない……それを防ぐには、ジャスパーの恐ろしい本性を、みなに知ってもらうしか……っ」
マリーがこぶしを震わせ、両目に涙を浮かべる。好きだった。愛していた。心から。愛されていると思っていた。信じていた。だからこそ、許せない。想いが深かったぶん、憎しみは大きく。
──絶望と哀しみは、計り知れない。
目の前で静かに涙を流すマリー。父親はたまらず椅子から腰をあげ、娘を優しく抱き締めた。娘の涙を見るのは、何年ぶりだろう。母親を亡くしてからしばらくはずっと泣いていたが、ジャスパーの存在のおかげでそれもなくなった。そう思い、感謝していたのに。
「マリー。私は、お前の全てを信じるよ。やりたいようにやりなさい。ただし、無理はしないようにな」
背中をそっと撫でる。マリーは小さく、こくんとうなずいた。
「……ありがとうございます、お父様」
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