大好きだったあなたはもう、嫌悪と恐怖の対象でしかありません。

ふまさ

文字の大きさ
上 下
7 / 32

7

しおりを挟む
「──お父様、これを」

 国王が王位を退いた日の夕刻。マリーは父親の部屋を訪れ、一枚の紙を手渡した。父親は椅子に座りながら「……これは?」と、それを受けとった。

「わたしが覚えている限りの、これから起こることを書き出しました。一つ言い当てただけでは、とてもまだ信じられないでしょう?」

 父親はそれを一読してから、机に紙を置いた。マリーに目線を向ける。十二になったばかりのはずの娘が、とても大人びて見えた。

「……マリー。どうであれ、お前はもう、ジャスパーを好いてはいないのだろう?」

 この五日間。マリーはジャスパーに一度も会いにいってない。誕生日の前日までは、ほとんど毎日のようにジャスパーと会っていたのに、だ。流石に変に思ったジャスパーが屋敷まで訪ねてきても、具合が悪いから帰ってもらってと使用人に頼む始末。

 マリーが語る、未来。過去。まだ信じられないが、ジャスパーに対する恋心がなくなってしまったことだけは、ランゲ公爵にもよくわかった。

「お前が嫌なら、ジャスパーとの婚約を破棄すればいい。私の望みは、お前の幸せなのだから」

「……お父様」

 優しい言葉に、揺らぎそうになる。でも、それでは駄目なのだ。

「いいえ、お父様。それではこちらが慰謝料を払わなくてはいけなくなります」

「だろうな。だがお前のためなら、それぐらい惜しくはないさ」

「嫌です。だってそれは、ジャスパーを喜ばせるだけですもの」

 父親は「……あのジャスパーがなあ。信じられんな」と、椅子の背もたれにもたれかけた。マリーがこぶしを強く握る。

「……だからこそ、怖いのです。わたしのような目には、誰にも遭ってほしくない……それを防ぐには、ジャスパーの恐ろしい本性を、みなに知ってもらうしか……っ」

 マリーがこぶしを震わせ、両目に涙を浮かべる。好きだった。愛していた。心から。愛されていると思っていた。信じていた。だからこそ、許せない。想いが深かったぶん、憎しみは大きく。

 ──絶望と哀しみは、計り知れない。

 目の前で静かに涙を流すマリー。父親はたまらず椅子から腰をあげ、娘を優しく抱き締めた。娘の涙を見るのは、何年ぶりだろう。母親を亡くしてからしばらくはずっと泣いていたが、ジャスパーの存在のおかげでそれもなくなった。そう思い、感謝していたのに。

「マリー。私は、お前の全てを信じるよ。やりたいようにやりなさい。ただし、無理はしないようにな」

 背中をそっと撫でる。マリーは小さく、こくんとうなずいた。

「……ありがとうございます、お父様」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛を乞うても

豆狸
恋愛
愛を乞うても、どんなに乞うても、私は愛されることはありませんでした。 父にも母にも婚約者にも、そして生まれて初めて恋した人にも。 だから、私は──

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

初恋の相手と結ばれて幸せですか?

豆狸
恋愛
その日、学園に現れた転校生は私の婚約者の幼馴染で──初恋の相手でした。

女性として見れない私は、もう不要な様です〜俺の事は忘れて幸せになって欲しい。と言われたのでそうする事にした結果〜

流雲青人
恋愛
子爵令嬢のプレセアは目の前に広がる光景に静かに涙を零した。 偶然にも居合わせてしまったのだ。 学園の裏庭で、婚約者がプレセアの友人へと告白している場面に。 そして後日、婚約者に呼び出され告げられた。 「君を女性として見ることが出来ない」 幼馴染であり、共に過ごして来た時間はとても長い。 その中でどうやら彼はプレセアを友人以上として見れなくなってしまったらしい。 「俺の事は忘れて幸せになって欲しい。君は幸せになるべき人だから」 大切な二人だからこそ、清く身を引いて、大好きな人と友人の恋を応援したい。 そう思っている筈なのに、恋心がその気持ちを邪魔してきて...。 ※ ゆるふわ設定です。 完結しました。

さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】 私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。 もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。 ※マークは残酷シーン有り ※(他サイトでも投稿中)

【完結】ええと?あなたはどなたでしたか?

ここ
恋愛
アリサの婚約者ミゲルは、婚約のときから、平凡なアリサが気に入らなかった。 アリサはそれに気づいていたが、政略結婚に逆らえない。 15歳と16歳になった2人。ミゲルには恋人ができていた。マーシャという綺麗な令嬢だ。邪魔なアリサにこわい思いをさせて、婚約解消をねらうが、事態は思わぬ方向に。

あの子を好きな旦那様

はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」  目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。 ※小説家になろうサイト様に掲載してあります。

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

処理中です...