大好きだったあなたはもう、嫌悪と恐怖の対象でしかありません。

ふまさ

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 ランゲ公爵家の屋敷の近くに、マリーと同じ年頃の子どもがいる家は、シュルツ伯爵家だけだった。まだ社交界デビューもしておらず、学園にも通っていないため、他に友人もいなかったマリーの誕生日パーティーに招待されていたのは、ジャスパーの家族だけだった。

 ジャスパーから遅れること、少し。シュルツ伯爵と、三つ年下の三男のルイスがマリーの屋敷にやってきた。シュルツ伯爵夫人は、マリーの母親と同様、もう亡くなっている。シュルツ伯爵家の長男は、他国へと留学している最中だ。

『あいつは長男なのに、どこか頼りないところがあってね。ジャスパーの方がよほど優秀なのだけれど』

 いつだったか。シュルツ伯爵がそうもらしていたことがあった。シュルツ伯爵家の嫡男として、もっとしっかりしてもらわないと。そんな思いから、シュルツ伯爵は長男の留学を決めたそうだ。

 あのときは、ジャスパーを誇らしく思ったものだ。確かにジャスパーは文武両道で、兄弟の誰より優秀だった。けれどもはや、そんなジャスパーが恐ろしくてならない。残忍な本性を隠し、父親の目すらずっと欺いてきたのだから。


 気もそぞろなまま、マリーの誕生日パーティーは終わった。ジャスパーが機嫌をうかがうように、何度も話しかけてくるのは正直鬱陶しかったが、同時に驚いてもいた。いつからか。話しかけるのはマリーからばかりになっていたから。

 まわりも、どこか違和感を覚えたのだろう。喧嘩でもしたのかと何度か聞かれたが、いいえ、と笑って誤魔化した。


 誕生日パーティーの招待客も帰り、日もすっかり暮れた夜。マリーは父親の部屋の扉をノックした。

「お父様。大事なお話があります」

「ああ。入っていいぞ」

 父親の返答を待ってから、マリーは扉を開けた。父親が椅子に腰掛けながら「座りなさい」と、テーブルを挟んだ正面の椅子に右手を向けた。はい。マリーはそこに、ゆっくりと腰掛けた。

「それで。話とは何だ。やはりジャスパーと何かあったのか?」

「そうですね。ありました。ですがその前に、お父様にはどうしても信じていただかないといけないことがあります」

「ほお」

「それは同時に、わたしが今いるこの世界が、本当に過去のものなのか。それを確認できる作業になると思います」

 父親が「……さっぱりわからんな」と眉をひそめる。マリーは、ふふ、と苦笑した。

「はい。わたしもです」
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