証拠はなにもないので、慰謝料は請求しません。安心して二人で幸せになってください。

ふまさ

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「いらっしゃいませ。セドリック様」

 ネルソン伯爵家の執事が、あいさつをしながら腰を折る。セドリックと呼ばれた青年は、にこっと微笑んだ。

「こんにちは。アデルはどこかな」

「お庭にて、お待ちしておりますよ。ご案内しますね」

「そんな他人行儀な。この屋敷には、もう数え切れないぐらい訪れているのだから、一人で行けるよ」

「そうでございますね。セドリック様は生まれる前からの、アデルお嬢様の婚約者様ですから」

「まあね。でも、ぼくはとても運が良いよ。親が決めた相手と、きちんと愛し合うことができているのだから」

 一人で行ける。と言いながら、慣れたようにネルソン伯爵家の執事と会話しながら庭へと移動するセドリック。

「本当にお二人は、仲睦まじく。私どもも、とても嬉しく思っておりますよ」

「ありがとう。ところで今日は、ネルソン伯爵とネルソン伯爵夫人はいないのかな?」

「ええ。お二人で、街にお買い物に行かれました。夕方には戻るかと」

「そうか──あ、アデル」

 庭につき、婚約者の姿を見つけたセドリックが、笑顔で声をかける。庭に咲いた花を見ていたアデルが、目を細めた。

「こんにちは。今日は良い天気ね」

「そうだね。外でお茶をするには、最高の日だ」

 丸いテーブルに置かれた茶菓子にちらっと視線を向けたセドリックに、アデルが「そうでしょう?」と微笑み、席に座った。正面に、セドリックも腰を落とす。

「きみとこうして、また、笑い合いながらお茶ができるなんて、夢のようだな」

「そう?」

「ああ。心から思うよ」

 しみじみと語るセドリック。その背後に視線を移したアデルが、ひらひらと手をふった。セドリックが、首を捻る。

「? なに?」

 言いながら、振り返る。そこには、一人の女性が立っていた。

「……ダーラ嬢?」

 メイドに案内されここまで来たであろう女性は「セドリック様?」と、セドリックと似たような表情をしていた。そんな二人に、アデルが声をかける。

「来てくれてありがとう、ダーラ。さあ、ここに座って」

 アデルが手を差し伸べた椅子に、ダーラが座る。もじもじと、居心地が悪そうだ。

「ねえ、アデル。セドリック様がいるなんて、聞いてないわよ。知ってたら、ちゃんと遠慮したのに」

 小声で話すが、近くにいるセドリックに聞こえないはずもなく。

「そんなこと、気にしなくていいよ。まあ、久しぶりの二人きりのお茶会だと思っていたから、驚きはしたけど」

「ほらあ!」

 おどけてみせるセドリック。ダーラが椅子を寄せ、アデルを軽く肘で小突く。アデルはなんともいえない顔をしたあと、傍に控えていた執事たちを下がらせた。

「なあに? なにか、内緒の話?」

 不思議そうなダーラに、アデルが「ここには、三人しかいないわ」と言った。

「やっぱりそうなのね。幼なじみであるあたしと、婚約者のセドリック様にしか話せないことって、なに?」

 ダーラの言葉に、セドリックは目の色を変えた。

「そうなのか?」

「ええと、そうね。まずは、二人の意見を聞きたいと思って」

「困ったことがあるのなら、もっと早く相談してくれればよかったのに。きみのためなら、どこからだって飛んでくるよ」

 セドリックの甘い言葉に、けれどアデルは。

「──あの、それ。やめてくれないかしら」

 と、嫌悪を露わにした。

 セドリックだけでなく、ダーラも、ぴたりと動きを止めた。

「……アデル?」

「ここには、三人しかいない。他には誰もいないの。だから大丈夫よ」

「ま、待ってくれ。きみがなにを言っているのか、ちっともわからないのだけれど……」

 あわあわするセドリックからダーラに視線を移すと、同じ表情をしていたので、アデルは、はあ、と大きく息を吐いた。

「わたし、知ってるの。二人が愛し合っていること。でも、証拠はなにもないから、慰謝料なんて請求しないわ。安心して」

「……っ!!!」

 二人が同時に息を呑むのが伝わってきた。でも、二人は。

「なにを言っているの? そんなことあるはずないじゃない!」

「そうだよ。きみも知っているだろう? ダーラ嬢とは、数えるほどしか顔を合わせことがない。誰からそんなでたらめを聞いたんだ!」

 完全にそれを否定した。それももちろん、想定はしていたが。

「二人には、お兄様がいる。爵位や財産を継ぐことはできないけれど、そのかわり、縛りは少ないわ。伯爵家次男のセドリックと、子爵家長女のダーラ。二人の結婚なら、きっと許される」

 セドリックが、そういう問題じゃない、と叫ぶ。

「許すとか許されるとか、そんなのどうでもいい! どうしてそんなことを言うんだ!」

「わたしとあなたの婚約は、互いの親が決めたものよ。愛し合ってなったものじゃないわ」

「それがなんだ! ぼくはきみを愛している! きみだって、ぼくを愛してくれていたんじゃないのか?!」

 アデルは、ふっと凍るような双眸になった。

「──そうやって、息をつくように嘘を吐くあなたが恐ろしくなったの」

 変貌に驚きながら、セドリックが負けじと続ける。

「嘘? 嘘なんて一つもついてない。どうしてそう思い込むようになったかなんて知らないけど、言いがかりはやめてくれ!」

 ──駄目か。

 アデルは心で呟いた。

 証拠なんてなくても、愛する人と一緒になれるなら、慰謝料なんて請求せず、穏便に別れると申し出れば、正直に、素直に気持ちを打ち明けてくれるかもしれない。その考えはどうやら、甘かったようだ。

 でも。

 引くわけにはいかない。

 決めたのだ。


 今日で終わらせると。

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