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コリンナの評判はすなわち、ワウテレス伯爵家の評判にもつながる。コリンナへの愛情が一気に冷めていったワウテレス伯爵は、嫌がるコリンナを、修道院へと無理やり入れた。持参金もなかったため、修道院でのコリンナの扱いは、平民のそれと変わらず。その生活にコリンナが耐えられずはずもなく、ヒステリックを起こしたコリンナは、暴力事件を起こすことになる。
コリンナは危険人物とされ、修道院の地下牢に監禁された。以後、コリンナがそこから出されることは、二度となかった。
ワウテレス伯爵家の面汚しめ。
コリンナに対して思っていたことを、一族のみなも、ワウテレス伯爵に抱いていた。それから後、ワウテレス伯爵は、一族総意のもと、ワウテレス家当主の座を、弟に譲ることになる。
──はたして、あれは初恋だったのだろうか。
ふと、アールはそんなことを考えることがある。デージーは覚えていないようだが、はじめて顔を合わせたときから、コリンナはアールに、思わせぶりな態度を取っていた。やたらと距離が近く『あなたみたいな人、大好きです』『またすぐに会いに来て下さいね』など。会うたびによく言っていた。いま思えば、誰にでもそういった態度を取っていたのかもしれないが──。
(あのころ。年頃の令嬢と会うのは、数えるほどだったしな……)
だからこそ、別の令息と婚約したと知ったとき、ショックよりも、何故、という気持ちの方が大きかったように思う。そして、恋心が冷めるのも、驚くぐらい、あっという間だった。
『あたし、妹が可愛くて仕方がないんです』
コリンナの言葉を馬鹿みたいに信じていたが、妹のためにと言いながら、妹の了解も得ず、勝手に気持ちを暴露するその姿に、うっすらと恐怖すら覚えた。純粋とはかけ離れた、いっそ強かさすら感じられる姉とは対照的な、大人しい妹。最初はただ、可哀想だな、と思った。はじまりは、そんな想いから。
デージーと触れ合うようになって、思い知った。ああ、純粋とは、こういう人のことを指すのだと。演技ではない好意とは、こういった反応を示してくれるのかと。嬉しくて、一挙一動が可愛く思えて。守りたいと、いつしか心から思うようになった。
「……アール様? どうかされたのですか?」
自室の窓からぼんやり外を眺めるアールの名を、デージーが背後から、小さく呼んだ。振り返り、アールが頬を緩める。
「どうやら僕は、愛情表現がたりていなかったみたいだなと思って」
え。首を捻るデージーの腕を引き寄せ、アールはそっと抱き締めた。
「僕がコリンナに告白したと、疑いもなくきみは信じてしまったから」
「そ、それは、アール様のせいではなく……わたしが自分に自信を持てないせいですので……」
「いまも持てない?」
「……う、えと」
「僕に愛されている自信も?」
デージーはアールの胸に顔を埋めると、少しだけあります、とぼそっと呟いた。アールは、いまはそれでいいいよ、と優しく囁いてくれた。
──わたし。こんなに幸せでいいのかな。
大好きな人の匂いと体温に包まれながら、思う。けれど、だからこそ。
(……もう。笑って、お別れなんてできない)
別れに怯えるデージーは、まだ知らない。
やがて授かる愛する娘と息子に、
「昔ね。こんなことがあったのよ」
と。
穏やかに微笑みながら、これらの出来事を語る未来が来ることを。
─おわり─
コリンナは危険人物とされ、修道院の地下牢に監禁された。以後、コリンナがそこから出されることは、二度となかった。
ワウテレス伯爵家の面汚しめ。
コリンナに対して思っていたことを、一族のみなも、ワウテレス伯爵に抱いていた。それから後、ワウテレス伯爵は、一族総意のもと、ワウテレス家当主の座を、弟に譲ることになる。
──はたして、あれは初恋だったのだろうか。
ふと、アールはそんなことを考えることがある。デージーは覚えていないようだが、はじめて顔を合わせたときから、コリンナはアールに、思わせぶりな態度を取っていた。やたらと距離が近く『あなたみたいな人、大好きです』『またすぐに会いに来て下さいね』など。会うたびによく言っていた。いま思えば、誰にでもそういった態度を取っていたのかもしれないが──。
(あのころ。年頃の令嬢と会うのは、数えるほどだったしな……)
だからこそ、別の令息と婚約したと知ったとき、ショックよりも、何故、という気持ちの方が大きかったように思う。そして、恋心が冷めるのも、驚くぐらい、あっという間だった。
『あたし、妹が可愛くて仕方がないんです』
コリンナの言葉を馬鹿みたいに信じていたが、妹のためにと言いながら、妹の了解も得ず、勝手に気持ちを暴露するその姿に、うっすらと恐怖すら覚えた。純粋とはかけ離れた、いっそ強かさすら感じられる姉とは対照的な、大人しい妹。最初はただ、可哀想だな、と思った。はじまりは、そんな想いから。
デージーと触れ合うようになって、思い知った。ああ、純粋とは、こういう人のことを指すのだと。演技ではない好意とは、こういった反応を示してくれるのかと。嬉しくて、一挙一動が可愛く思えて。守りたいと、いつしか心から思うようになった。
「……アール様? どうかされたのですか?」
自室の窓からぼんやり外を眺めるアールの名を、デージーが背後から、小さく呼んだ。振り返り、アールが頬を緩める。
「どうやら僕は、愛情表現がたりていなかったみたいだなと思って」
え。首を捻るデージーの腕を引き寄せ、アールはそっと抱き締めた。
「僕がコリンナに告白したと、疑いもなくきみは信じてしまったから」
「そ、それは、アール様のせいではなく……わたしが自分に自信を持てないせいですので……」
「いまも持てない?」
「……う、えと」
「僕に愛されている自信も?」
デージーはアールの胸に顔を埋めると、少しだけあります、とぼそっと呟いた。アールは、いまはそれでいいいよ、と優しく囁いてくれた。
──わたし。こんなに幸せでいいのかな。
大好きな人の匂いと体温に包まれながら、思う。けれど、だからこそ。
(……もう。笑って、お別れなんてできない)
別れに怯えるデージーは、まだ知らない。
やがて授かる愛する娘と息子に、
「昔ね。こんなことがあったのよ」
と。
穏やかに微笑みながら、これらの出来事を語る未来が来ることを。
─おわり─
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