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 物心つくころには、もう妹のアリシアは父親に嫌われていた。理由は知らない。可哀想に。そう思う一方で、優越感もあった。

 アリシアが話しかけても、無視をする父。でもベティが話しかけると、必ず答えてくれる。可哀想な妹を、慰める。頭を撫でると、妹は嬉しそうに頬を緩めた。使用人たちが、ベティお嬢様はお優しいですね、と褒めてくれる。

 けれど一人。アリシアの乳母であるカーリーだけは、ベティよりもアリシアを可愛がっていた。アリシアも、カーリーにだけは懐いていた。それが何だか二重の意味で気にくわなかった。

 だから父に、アリシアの乳母を自分の世話係にするように頼んで、引き剥がした。今後はアリシアに構わないように、話しかけないようにしてねと、戸惑うカーリーにきつく言い聞かせた。それでもカーリーがアリシアを気遣うようなことばかり口にするのには、腹が立った。適当な罪でもでっちあげて屋敷から追い出すことも考えたけど、やめた。

(だってね。私は優しいから、そんなことはしないのよ)

 本当は、そんな理由ではなかった。ベティは、自分の世話をするカーリーを見るアリシアの絶望の目が、好きだった。そして頼る者がいなくなったアリシアは、ますますベティに依存してく。

 それがたまらく、心地よかったのだ。

 

 十五才で学園に通うようになって、ベティの世界が一気に広がった。教養もあって、美しいと、男たちがちやほやしてくれる。それが嬉しかった。そして、ベティはますます自信を持っていく。

 私は特別。特別なの。
 だからお父様は私だけを愛したのね。屋敷の者も、アリシアも、私が大好き。

 そんな風に考えるようになった。

 
 一年後。
 可哀想な妹が入学してきた。早速学園のみなが噂をする。「まあ、あれがベティ様の妹ですの?」「なんというか……あまり、似ておられませんのね」等々。

 似てたまるか。そう思いながらも「そうかしら。私にとっては、何にもかえがたい大切な妹なのよ」と笑うと、周囲は、素敵ですわ、お優しいですねと、褒めてくれた。

 そう。私は優しいの。
 あんな惨めで可哀想な妹でも、愛してあげているのよ。

 見目もよく、教養もある。可哀想な妹にも優しい、完璧な姉。それがベティの中での絶対になっていく。

 もっと、もっと注目されたい。日に日にその欲求が強くなっていく。 


「──ねえ、カーリー」

 夕刻。自室でカーリーに、髪をくしでとかしてもらっていたベティが、ふいに名前を呼ぶと、背後でカーリーが「は、はい」と、ぴんと背筋を正した。

 まわりには誰もいない。
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