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「……あの、レックス様。どうかされたのですか?」

 レックスは静かな怒りを宿しながらアリシアに目線を戻した。視線が交差する。レックスが澄んだ空のような瞳をしていることを、アリシアはこのときはじめて知ったような気がした。

「──あれはきみの婚約者だろう」

「はい。そうです」

「あいつはきみの悪口を言っているのでは?」

「だと思います」

「っ当たりだの、はずれだの……あの言い方はなんだ? 失礼にもほどがあるっっ」

「……ご存知なかったんですか? 学園のみんながそう言っているものだとばかり思っていましたけど、そうじゃなかったんですね」

 はじめて知る事実に、アリシアはわずかに目を丸くした。

「っ! どうしてきみは怒らないんだ?!」

 声を荒げるレックスに対し、アリシアは不思議そうに「だって、本当のことですから」と首をかしげた。

「むしろ可哀想なのは、マイク様です。こんなわたしを、いくらお金のためとはいえ、結婚相手に選ばなければならなかったのですから」

「……お金のため? どういうことだい?」

「あ、えとっ」

 どうしよう。言ってよかったことなのかわからず困惑していると、レックスは「──彼の友人は、没落寸前の貴族と言っていたね」と遠くにいるマイクに視線を移し、そのまま質問を続けた。

「……このこと、マイヤー伯爵はご存知なのか?」

「このこと?」

「きみの婚約者が、陰できみのことを悪く言っていることだよ」

 知らないだろうが、知ったところでなんの興味も示さないだろう。あの人はわたしが嫌い──どころか、無関心だから。でも。

(……この場合、どう答えるのが正解なんだろう)

 おそらく目の前にいる人は、本当にアリシアのために怒り、心配してくれているのだろう。大切な婚約者の妹だからだとしても、何だかくすぐったく、かつ、とても混乱していた。

「あの、大丈夫です。わたし、何とも思っていませんから」

「…………」

「本当です。わたしだって、マイク様のこと愛していません。お互い様なんです」

 レックスは「……愛してない?」と小さく呟き、一度、諦めたようにため息をついた。

「──では、ベティには?」

 これにアリシアは、困ったように顔を伏せた。

「……言ってません。お姉様はきっと、哀しむだろうから。お姉様は、いつだってわたしのことを考えてくれている人だから」

 レックスは一言、そう、とだけ重く返し、その場を後にしていった。

 残されたアリシアは、姉以外の人とこんなに会話したのは久しぶりだな、とぼんやり思っていた。

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