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授業が終わった夕刻。
いつものように教室まで迎えに来た婚約者のマイクに、アリシアが小さく口を開く。
「あの、マイク様。毎日屋敷まで送っていただかなくても」
はは。マイクが爽やかに笑う。陰でアリシアの悪口を言っていたときとは別人のようだ。
「婚約者として、当然のことだよ。それにきみを一人でかえしたら、きみの父上に叱られてしまうよ」
それは絶対にない。思ったが、それを口に出して言うことはできなかった。そして暗に、君のためではなく、君の父上のご機嫌取りのためだよと言われた気がして、ならばいいかとアリシアは逆に心が軽くなった。
馬車の中。気まずい沈黙が続く。マイクと婚約してからおよそひと月半。最初のころは頑張って他愛のない話しをふってくれていたマイクだったが、最近はアリシアとの会話を諦め、人の目がないところでは黙るようになってしまった。これはどう考えても、楽しい会話が出来ないアリシアのせいだ。少なくともアリシアは、そう思っていた。申し訳ない気持ちはもちろんあるが、どうしようもない。
だって小さなころから、ほとんど会話などしてこなかったから。
「それじゃ」
「はい。ありがとうございました」
屋敷の前で、マイクに深々と頭をさげるアリシア。馬車が見えなくなると、ようやくアリシアは顔をあげた。これは感謝でも何でもなく、単なる時間かせぎだった。門から屋敷までを、意味もなく何往復もする。ちらっと視線を向けた先にあるのは、見覚えのある馬車。
(……今日は帰ってくるの早いなあ)
やだなあ。やだなあ。
思っていると、ようやく姉がレックスと共に帰ってきた。先に馬車からおりたレックスが「ああ、アリシア」と微笑む。そう言えば、少なくともこの人には一度も嫌な顔をされたことないなあと、アリシアは頭のすみで思った。
(それともマイクと同じで、陰でわたしの悪口言ってるのかな。まあ、お姉様に優しければそれでいいけど)
レックスにエスコートされながら馬車からおりてきたベティが「ただいま」と笑い、ふと、別の場所にとまってある馬車を見て、察したようにアリシアの手を握った。大丈夫よ。アリシアの耳元で小さく囁き、ベティはレックスに向き直った。
「レックス様。送っていただき、ありがとうございました」
「うん。また明日ね。アリシアも」
レックスが乗った馬車が屋敷から遠ざかっていく。ベティはアリシアの手を握ったまま「さあ、屋敷に入りましょう」と言った。
屋敷の玄関扉を開ける。すると、右手にある応接室からこの屋敷の主である二人の父親が出てきた。
「お帰り、ベティ。レックス様とは仲良く出来ているか?」
ベティが足をとめ「……お父様。お父様には、私の隣にいるアリシアが見えてはいないのですか?」と眉をひそめる。アリシアは、黙って下を向いている。
「そんなことはどうだっていいだろう。ほら、今日は久々に早く帰れたんだ。こちらに来て、話しを聞かせてくれないか」
「……お父様」
哀しそうに呟くベティ。この屋敷の主である父親には、しょせん誰も逆らえないのだ。アリシアがすっと手をはなし、ベティからはなれる。
「いってください、お姉様。わたしは平気です」
「でも……」
視界に入っているかも定かではないが、いちおう父親に頭をさげ、アリシアは自室へと向かうために階段をのぼった。
いつものように教室まで迎えに来た婚約者のマイクに、アリシアが小さく口を開く。
「あの、マイク様。毎日屋敷まで送っていただかなくても」
はは。マイクが爽やかに笑う。陰でアリシアの悪口を言っていたときとは別人のようだ。
「婚約者として、当然のことだよ。それにきみを一人でかえしたら、きみの父上に叱られてしまうよ」
それは絶対にない。思ったが、それを口に出して言うことはできなかった。そして暗に、君のためではなく、君の父上のご機嫌取りのためだよと言われた気がして、ならばいいかとアリシアは逆に心が軽くなった。
馬車の中。気まずい沈黙が続く。マイクと婚約してからおよそひと月半。最初のころは頑張って他愛のない話しをふってくれていたマイクだったが、最近はアリシアとの会話を諦め、人の目がないところでは黙るようになってしまった。これはどう考えても、楽しい会話が出来ないアリシアのせいだ。少なくともアリシアは、そう思っていた。申し訳ない気持ちはもちろんあるが、どうしようもない。
だって小さなころから、ほとんど会話などしてこなかったから。
「それじゃ」
「はい。ありがとうございました」
屋敷の前で、マイクに深々と頭をさげるアリシア。馬車が見えなくなると、ようやくアリシアは顔をあげた。これは感謝でも何でもなく、単なる時間かせぎだった。門から屋敷までを、意味もなく何往復もする。ちらっと視線を向けた先にあるのは、見覚えのある馬車。
(……今日は帰ってくるの早いなあ)
やだなあ。やだなあ。
思っていると、ようやく姉がレックスと共に帰ってきた。先に馬車からおりたレックスが「ああ、アリシア」と微笑む。そう言えば、少なくともこの人には一度も嫌な顔をされたことないなあと、アリシアは頭のすみで思った。
(それともマイクと同じで、陰でわたしの悪口言ってるのかな。まあ、お姉様に優しければそれでいいけど)
レックスにエスコートされながら馬車からおりてきたベティが「ただいま」と笑い、ふと、別の場所にとまってある馬車を見て、察したようにアリシアの手を握った。大丈夫よ。アリシアの耳元で小さく囁き、ベティはレックスに向き直った。
「レックス様。送っていただき、ありがとうございました」
「うん。また明日ね。アリシアも」
レックスが乗った馬車が屋敷から遠ざかっていく。ベティはアリシアの手を握ったまま「さあ、屋敷に入りましょう」と言った。
屋敷の玄関扉を開ける。すると、右手にある応接室からこの屋敷の主である二人の父親が出てきた。
「お帰り、ベティ。レックス様とは仲良く出来ているか?」
ベティが足をとめ「……お父様。お父様には、私の隣にいるアリシアが見えてはいないのですか?」と眉をひそめる。アリシアは、黙って下を向いている。
「そんなことはどうだっていいだろう。ほら、今日は久々に早く帰れたんだ。こちらに来て、話しを聞かせてくれないか」
「……お父様」
哀しそうに呟くベティ。この屋敷の主である父親には、しょせん誰も逆らえないのだ。アリシアがすっと手をはなし、ベティからはなれる。
「いってください、お姉様。わたしは平気です」
「でも……」
視界に入っているかも定かではないが、いちおう父親に頭をさげ、アリシアは自室へと向かうために階段をのぼった。
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