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「さあ、アビー。寝台に横になって」
「ありがとう、お兄様」
寝台に身体を横たえたアビーが、ふとモーガンのうしろに立つリアを見上げてきた。
「あの、リア様」
「なあに?」
「私の具合が悪くなってしまったせいで、お兄様がデートに遅刻してしまって、ごめんなさい。いつも私のせいでお待たせしてしまって、本当に悪いと思っております」
「いいのよ。具合が悪い妹のことをほうっておけないのは、当然のことだわ」
モーガンが、そうだよ、とつなぐ。だが。
「……ですが。リア様。目が笑っていらっしゃいません」
アビーがうるっと瞳をうるませはじめた。
「やっぱり、怒っていらっしゃるのですね……っ」
そして、アビーはしくしくと泣きはじめた。これも、いつものパターンである。これだから会いたくなかったのだと、リアは心で嘆いた。
「リア。どうか妹を責めないでやってくれないか」
わたしがいつ責めましたか。アビーの頭を撫でるモーガンに心で突っ込む。こうなったモーガンは、妹の言うことしか聞かないことを痛感しているからだ。
「いいえ、私が悪いのです。私の身体が弱いばかりに……」
「そんなことはない。アビーはなにも悪くないよ」
こんなやりとりがしばらく続き、口を挟むひまも与えられないリアは、居心地悪く突っ立っていることしかできなかった。
ようやく眠ってくれたアビーの頭を撫でながら、モーガンがぽつりとこうもらした。
「この子は、人の心にとても敏感でね」
リアはどう答えたらいいのかわからず、沈黙する。モーガンはさらに続けた。
「私が大切な君とのデートに遅刻をして、君が怒るのは当然だ。でも、妹はなにも悪くないんだ。それだけはわかってほしい」
まるで本当に、自分がアビーを責めた気分になってくるリア。ふいに泣きたくなったが、リアは歯をくいしばってたえる。そんなことにはむろん気付いていないモーガンが、さて、と立ち上がった。
「今日は、アビーのために時間をさいてくれてありがとう。もう暗くなるし、屋敷まで送っていくよ」
「いいえ。ニールもいるし、大丈夫よ。アビーのそばにいてあげて」
沸き上がる感情から、リアはとっさに嫌みを含んだ科白を言ってしまったのだが、モーガンにさらっと流されてしまった。
「はは。そんなことをしたら、両親に怒られてしまうよ。遠慮なんてしなくていいから」
「──そうね」
(……ねえ、モーガン。わたし、知っているのよ。もしお屋敷にご両親がいなかったら、あなたはきっと、アビーのそばにいることを選んでいたのでしょう?)
それは、過去に何度も立証済みのことだ。アビーがわざわざ三人になってから遅刻のことについて謝罪したのも、両親に知られたくなかったからだろう。それをリアが告げ口しないことも、アビーはもう、見抜いている。
怒りもある。哀しみもある。
それでもリアは、モーガンが好きだった。
「ありがとう、お兄様」
寝台に身体を横たえたアビーが、ふとモーガンのうしろに立つリアを見上げてきた。
「あの、リア様」
「なあに?」
「私の具合が悪くなってしまったせいで、お兄様がデートに遅刻してしまって、ごめんなさい。いつも私のせいでお待たせしてしまって、本当に悪いと思っております」
「いいのよ。具合が悪い妹のことをほうっておけないのは、当然のことだわ」
モーガンが、そうだよ、とつなぐ。だが。
「……ですが。リア様。目が笑っていらっしゃいません」
アビーがうるっと瞳をうるませはじめた。
「やっぱり、怒っていらっしゃるのですね……っ」
そして、アビーはしくしくと泣きはじめた。これも、いつものパターンである。これだから会いたくなかったのだと、リアは心で嘆いた。
「リア。どうか妹を責めないでやってくれないか」
わたしがいつ責めましたか。アビーの頭を撫でるモーガンに心で突っ込む。こうなったモーガンは、妹の言うことしか聞かないことを痛感しているからだ。
「いいえ、私が悪いのです。私の身体が弱いばかりに……」
「そんなことはない。アビーはなにも悪くないよ」
こんなやりとりがしばらく続き、口を挟むひまも与えられないリアは、居心地悪く突っ立っていることしかできなかった。
ようやく眠ってくれたアビーの頭を撫でながら、モーガンがぽつりとこうもらした。
「この子は、人の心にとても敏感でね」
リアはどう答えたらいいのかわからず、沈黙する。モーガンはさらに続けた。
「私が大切な君とのデートに遅刻をして、君が怒るのは当然だ。でも、妹はなにも悪くないんだ。それだけはわかってほしい」
まるで本当に、自分がアビーを責めた気分になってくるリア。ふいに泣きたくなったが、リアは歯をくいしばってたえる。そんなことにはむろん気付いていないモーガンが、さて、と立ち上がった。
「今日は、アビーのために時間をさいてくれてありがとう。もう暗くなるし、屋敷まで送っていくよ」
「いいえ。ニールもいるし、大丈夫よ。アビーのそばにいてあげて」
沸き上がる感情から、リアはとっさに嫌みを含んだ科白を言ってしまったのだが、モーガンにさらっと流されてしまった。
「はは。そんなことをしたら、両親に怒られてしまうよ。遠慮なんてしなくていいから」
「──そうね」
(……ねえ、モーガン。わたし、知っているのよ。もしお屋敷にご両親がいなかったら、あなたはきっと、アビーのそばにいることを選んでいたのでしょう?)
それは、過去に何度も立証済みのことだ。アビーがわざわざ三人になってから遅刻のことについて謝罪したのも、両親に知られたくなかったからだろう。それをリアが告げ口しないことも、アビーはもう、見抜いている。
怒りもある。哀しみもある。
それでもリアは、モーガンが好きだった。
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