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「ここにおいででしたか。アンバー様」

 窓から差し込む夕焼けの光の中。宮殿内にある図書館で、王妃教育に使う本を探していたアンバーに声をかけてきたのは、国王からの使いの者だった。

「陛下が、すぐに執務室に来るようにとのことです」

 じきに王妃教育の時間なのに、どうしたのだろう。思いながらも、アンバーはうなずいた。

「承知しました。すぐに伺います」


 言われた通りに国王の執務室を訪れたアンバー。許しをもらい、中に入る。国王は机の上で両手を組み、そこに額をあてていた。うつ向いているので、表情は見えない。まとう空気が暗く重いのは、気のせいだろうか。

 アンバーはすすっと近付き「陛下。どうかされたのですか?」と、机を挟んだ国王の正面に立った。

 国王はゆっくりとアンバーを見上げ、重い口を開いた。

「……すまないな、アンバー。またお前の時間と労力を無駄にしてしまった」

 アンバーはぴくりと片眉を動かした。

「どういう意味でしょうか。まさか、マイラ様とヘイデン殿下との婚約が解消されたとか言いませんよね?」

 国王は答えない。アンバーは少々乱暴に、机にばんっと両手をついた。

「陛下。またヘイデン殿下のわがままを通したのですか? 言っておきますが、マイラ様はパメラ様とは違い、日々真面目に王妃教育に向き合っておられました。どういう事情があるにせよ、一方的にヘイデン殿下のご意見だけを尊重されるのはいかがなものかと」

 国王がうっ、と言葉に詰まりながらも「ち、違う。まず私の話を聞け」と両手を前に出した。アンバーは「……聞きましょう」と、すっと姿勢を正した。


「──記憶喪失?!」

 アンバーが真っ青な顔で叫んだ。

「た、大変ではないですか。どこに入院を? お見舞いにいかなければ。どうしてもっと早く教えてくれなかったのですか!」

「……いや。もう退院したそうだ」

 国王が答える。「は?」と、アンバーは口を半開きにした。

「記憶喪失になるほどの怪我を負ったというのに、もう退院したのですか?」

「そうらしい」

「では、いまはお屋敷で療養しているのですね」

「……いいや」

「? なら、マイラ様はどこに」

 国王は何とも言えない顔で「修道院だそうだ」と返答した。


 アンバーは心からの「……は?」を、喉から絞り出した。
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