36 / 57
36
しおりを挟む
「……ヘイデン殿下の婚約者になってから、あの屋敷に帰らなくてよくなって……王妃教育の先生も、とても優しくて……」
マイラは呆然としながら、ぼそぼそと語りはじめた。ライナスは驚きながらも「うん」と静かに耳を傾ける。
「……それにバイオリンが、好きなときに弾けるようになったんです……お屋敷では、うるさいと怒鳴れるので弾けなくなってしまって……」
ライナスが眉尻を下げる。そうだったのか。哀しそうに呟く。
「……そしたらライナス殿下に出逢えて……大好きなバイオリンを褒めてもらえて……はじめて人を好きになれて……わたしはもう、それだけで幸せだったんです」
マイラはライナスの手を、強く握り返した。
「……だから、それ以上の幸せがあるなんて、思ってもいませんでした」
涙をこらえ、マイラが必死に想いを伝える。
「これが夢でもかまいません。わたしは、ライナス殿下と一緒にいたいです。傍に、いさせてください……っ」
ライナスは「ありがとう」と目を細め、床に膝をつき、マイラを抱き締めた。マイラの目から、こらえていた涙が溢れ出す。こんな風に誰かの温もりを感じたのは、いつ以来だろう。温かい。はなれたくない。ずっとこうしていたい。恥ずかしい想いよりも、そんな願いが大きくて。
「きみをわたしの国に連れて行くよ。何か未練や、やり残したことはない?」
首にまわした手をはなそうとしないマイラに、ライナスがしばらくしてから、そのままの体勢で問いかけた。
「未練……」
マイラはつかの間黙考してから「……一つだけ」と呟いた。
気付けば空には眩しい太陽がその姿を覗かせ、街中を照らしていた。
マイラは呆然としながら、ぼそぼそと語りはじめた。ライナスは驚きながらも「うん」と静かに耳を傾ける。
「……それにバイオリンが、好きなときに弾けるようになったんです……お屋敷では、うるさいと怒鳴れるので弾けなくなってしまって……」
ライナスが眉尻を下げる。そうだったのか。哀しそうに呟く。
「……そしたらライナス殿下に出逢えて……大好きなバイオリンを褒めてもらえて……はじめて人を好きになれて……わたしはもう、それだけで幸せだったんです」
マイラはライナスの手を、強く握り返した。
「……だから、それ以上の幸せがあるなんて、思ってもいませんでした」
涙をこらえ、マイラが必死に想いを伝える。
「これが夢でもかまいません。わたしは、ライナス殿下と一緒にいたいです。傍に、いさせてください……っ」
ライナスは「ありがとう」と目を細め、床に膝をつき、マイラを抱き締めた。マイラの目から、こらえていた涙が溢れ出す。こんな風に誰かの温もりを感じたのは、いつ以来だろう。温かい。はなれたくない。ずっとこうしていたい。恥ずかしい想いよりも、そんな願いが大きくて。
「きみをわたしの国に連れて行くよ。何か未練や、やり残したことはない?」
首にまわした手をはなそうとしないマイラに、ライナスがしばらくしてから、そのままの体勢で問いかけた。
「未練……」
マイラはつかの間黙考してから「……一つだけ」と呟いた。
気付けば空には眩しい太陽がその姿を覗かせ、街中を照らしていた。
133
お気に入りに追加
2,123
あなたにおすすめの小説

【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。
千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。
だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。
いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……?
と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる
kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。
いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。
実はこれは二回目人生だ。
回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。
彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。
そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。
その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯
そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。
※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。
※ 設定ゆるゆるです。

【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです
【完結】契約結婚。醜いと婚約破棄された私と仕事中毒上司の幸せな結婚生活。
千紫万紅
恋愛
魔塔で働く平民のブランシェは、婚約者である男爵家嫡男のエクトルに。
「醜くボロボロになってしまった君を、私はもう愛せない。だからブランシェ、さよならだ」
そう告げられて婚約破棄された。
親が決めた相手だったけれど、ブランシェはエクトルが好きだった。
エクトルもブランシェを好きだと言っていた。
でもブランシェの父親が事業に失敗し、持参金の用意すら出来なくなって。
別れまいと必死になって働くブランシェと、婚約を破棄したエクトル。
そしてエクトルには新しい貴族令嬢の婚約者が出来て。
ブランシェにも父親が新しい結婚相手を見つけてきた。
だけどそれはブランシェにとって到底納得のいかないもの。
そんなブランシェに契約結婚しないかと、職場の上司アレクセイが持ちかけてきて……
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

【完結】婚約者が好きなのです
maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。
でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。
冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。
彼の幼馴染だ。
そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。
私はどうすればいいのだろうか。
全34話(番外編含む)
※他サイトにも投稿しております
※1話〜4話までは文字数多めです
注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】
雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。
誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。
ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。
彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。
※読んでくださりありがとうございます。
ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。

【完結】白い結婚はあなたへの導き
白雨 音
恋愛
妹ルイーズに縁談が来たが、それは妹の望みでは無かった。
彼女は姉アリスの婚約者、フィリップと想い合っていると告白する。
何も知らずにいたアリスは酷くショックを受ける。
先方が承諾した事で、アリスの気持ちは置き去りに、婚約者を入れ換えられる事になってしまった。
悲しみに沈むアリスに、夫となる伯爵は告げた、「これは白い結婚だ」と。
運命は回り始めた、アリスが辿り着く先とは… ◇異世界:短編16話《完結しました》
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる