姉の婚約者であるはずの第一王子に「お前はとても優秀だそうだから、婚約者にしてやってもいい」と言われました。

ふまさ

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 バイオリンを左手に。弓を右手に持ちながら、マイラが月を見上げる。昨日と同じ、静かな明かりを届けてくれる丸い月を。

「こんばんは、マイラ嬢」

 昨日とそう変わらない時刻に姿を見せたライナスを振り返りながら、マイラは嬉しそうに「二度目の奇跡ですね」と頬を緩めた。

 あまりに幻想的で儚い笑顔に、ライナスは一瞬、動きを止めた。マイラが、え、と焦る。

「わ、わたし。何か無礼なことでもしてしまいましたか……?」

 それはとても演技には思えなくて。ライナスは「そんなことないよ」と小さく笑った。

 ──そうだ。パメラ嬢の方が、よほど。

「ライナス殿下……?」

 不安そうに見上げてくるマイラ。この子からは、とてもじゃないが強かさというものが感じられない。やはり、パメラの話は嘘だったのではないか。そんな思いがますます強くなる。いや、むしろ。

(……逆、なのではないか……?)

 ライナスがそこで、思考を停止する。考えてどうなる。どうせわたしはもう──。

「そうだ。確認なんだけど、わたしがここに来ることで、きみが困ることはない?」

 ライナスの問いに、マイラが「困る、ですか?」と首をかしげる。

「例えば、わたしに嫉妬するような人とかはいない?」

 ああ。マイラは質問の意味を汲み取り、薄く笑った。

「大丈夫です。わたしに関心がある人なんて、いませんから」

 それは暗に、わたしを愛している人なんて、愛してくれる人なんていませんよ。そう言っているように思えた。

 そう。
 ライナスは一瞬の間のあと、小さく答えながら、庭にある大きな平たい石に腰かけた。

「聞かせてくれる? きみの音を」

「はい。よろこんで」

 マイラがバイオリンを構える。月夜に、綺麗な旋律が奏でられる。バイオリンを弾いているときのマイラからは、楽しげな雰囲気が漂っている。バイオリンを弾くのが楽しくて、好きで、たまらない。そんな想いが伝わってくるようだ。

 曲が終わり、ライナスが拍手をする。マイラが少し照れたようにお辞儀をし、それから何やらそわそわとしだしたので、ライナスは立ち上がり「どうしたの? 何か気になることでも?」と訊ねてみた。マイラは戸惑いながら、静かに口を開いた。

「……あの、一つ聞いてもいいですか?」

「もちろん。なにかな?」

「ライナス殿下は、いつまでこの国に滞在なさる予定なのでしょうか……?」

 ライナスの顔が強張る。だがそれは、一瞬のことで。すぐに笑顔を取り戻すと「四日間だから、明後日の朝にはここを出立するつもりだよ」と返答した。

「そう、ですか……」

 うつむくマイラに、自然と手が伸びそうになったが、すんでのところで止めた。

「明日の夜、またここに来てもいいかな」

 意識してライナスが微笑む。マイラもまた、慣れない笑みを必死に浮かべた。

「……明日で最後ですね」

「そうだね」

「……もう一曲、弾きましょうか?」  

「本当? 嬉しいよ」

 マイラが一歩、二歩と下がり。バイオリンを構えた。先ほどと同じ、綺麗な旋律が流れる。けれど何故か、その音色はどこか寂しさを漂わせているようで。

 ──ああ。きみの音色は、とても素直なんだね。

 勘違いかもしれないけれど。そう思いたいだけかもしれないけれど。

 ライナスはそっと目を閉じ、マイラが奏でる音に耳を傾けた。

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