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『わたしはきっと、明日もここにいれると思います』
月明かりだけをたよりに宮廷内の廊下を歩きながら、ライナスはつい先ほど知り合ったばかりのマイラの科白を反芻していた。
(……まるで、明日にでもあそこを追い出される可能性があるような言い回しだったな)
そもそも、どうして公爵令嬢が離宮にいるのだろう。姉が第一王子の婚約者候補なことに、何か関係があるのだろうか。
「姉──確か、パメラだったか」
歓迎パーティーでのことを脳裏に描いたライナスは、知らずに顔を歪めた。
「はじめまして。ヘイデン殿下の婚約者候補、パメラ・ベームです。お会いできて光栄ですわ」
ヘイデンに紹介されたパメラが微笑み、カーテシーをする。婚約者候補という言葉が少し引っ掛かったものの、ライナスは顔に出すことなく、それに応じた。きっといろいろ事情があるのだろう、と。
「ああ、はじめまして。よろしく」
「ええ、こちらこそ。それにしても、ライナス殿下がこんなに美しい方だなんて、思わなかったですわ」
パメラが頬を染め、顔を近付けてくる。近いな。思ったところで、ヘイデンがパメラの腕をつかんだ。
「パメラ。近すぎるぞ」
「あら、ヘイデン殿下。やきもちですか?」
クスクス。パメラが笑う。ライナスは「失礼」と軽く頭をさげ、二人からはなれた。けれどしばらくして。
「ライナス殿下!」
パメラが笑顔で、こちらに向かってきた。近くにヘイデンの姿はなかった。パメラは察したように「ヘイデン殿下は、陛下に呼ばれていまはいませんよ」といたずらっぽく言いながら、ライナスの腕に、自身の腕を絡ませた。ライナスがぴくりと片眉をあげる。
「パメラ嬢。はなしていただけますか?」
「大丈夫ですよ。いまならヘイデン殿下も見ていませんから」
「そういう問題ではありません」
「ふふ。照れなくてもよいのですよ?」
目の前の相手は、自分の都合のいいように物事を解釈するタイプのようだと判断したライナスは、大きくため息をついた。この手の女性は見慣れているとはいえ。
(……苦手だ)
ライナスが少々強引にパメラの腕をはなす。それでもパメラはめげない。
「ねえ、ライナス殿下。明日にでも、王都を見てまわるご予定とお聞きしました。よければあたしが案内しましょうか?」
「結構です。案内役の方は、もう決まっておりますので」
「それじゃあきっと、退屈なものになりますわ。あたしなら、きっとライナス殿下を楽しませることができますもの」
「遊びに来たわけではありませんから」
ぴしゃりと言い捨てる。けれどパメラは、ヘイデンが広間に戻ってくるまでのあいだ、ライナスからはなれようとはしなかった。
「考えてみれば、あの令嬢が未来の王妃になる可能性が高いわけか……」
ライナスは客室の寝台に横になりながら、ぽつりと呟いた。ごろりと転がり、窓から見える月を見上げる。
思い出すのは、優しいバイオリンの音色と、貴族令嬢とは思えないほど、自分に自信のない、小さくか弱い女性の姿。
「姉妹で、あんなにも性格が違うんだな……」
誰にも届かない言葉を呟き、ライナスは目を閉じた。
月明かりだけをたよりに宮廷内の廊下を歩きながら、ライナスはつい先ほど知り合ったばかりのマイラの科白を反芻していた。
(……まるで、明日にでもあそこを追い出される可能性があるような言い回しだったな)
そもそも、どうして公爵令嬢が離宮にいるのだろう。姉が第一王子の婚約者候補なことに、何か関係があるのだろうか。
「姉──確か、パメラだったか」
歓迎パーティーでのことを脳裏に描いたライナスは、知らずに顔を歪めた。
「はじめまして。ヘイデン殿下の婚約者候補、パメラ・ベームです。お会いできて光栄ですわ」
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パメラが頬を染め、顔を近付けてくる。近いな。思ったところで、ヘイデンがパメラの腕をつかんだ。
「パメラ。近すぎるぞ」
「あら、ヘイデン殿下。やきもちですか?」
クスクス。パメラが笑う。ライナスは「失礼」と軽く頭をさげ、二人からはなれた。けれどしばらくして。
「ライナス殿下!」
パメラが笑顔で、こちらに向かってきた。近くにヘイデンの姿はなかった。パメラは察したように「ヘイデン殿下は、陛下に呼ばれていまはいませんよ」といたずらっぽく言いながら、ライナスの腕に、自身の腕を絡ませた。ライナスがぴくりと片眉をあげる。
「パメラ嬢。はなしていただけますか?」
「大丈夫ですよ。いまならヘイデン殿下も見ていませんから」
「そういう問題ではありません」
「ふふ。照れなくてもよいのですよ?」
目の前の相手は、自分の都合のいいように物事を解釈するタイプのようだと判断したライナスは、大きくため息をついた。この手の女性は見慣れているとはいえ。
(……苦手だ)
ライナスが少々強引にパメラの腕をはなす。それでもパメラはめげない。
「ねえ、ライナス殿下。明日にでも、王都を見てまわるご予定とお聞きしました。よければあたしが案内しましょうか?」
「結構です。案内役の方は、もう決まっておりますので」
「それじゃあきっと、退屈なものになりますわ。あたしなら、きっとライナス殿下を楽しませることができますもの」
「遊びに来たわけではありませんから」
ぴしゃりと言い捨てる。けれどパメラは、ヘイデンが広間に戻ってくるまでのあいだ、ライナスからはなれようとはしなかった。
「考えてみれば、あの令嬢が未来の王妃になる可能性が高いわけか……」
ライナスは客室の寝台に横になりながら、ぽつりと呟いた。ごろりと転がり、窓から見える月を見上げる。
思い出すのは、優しいバイオリンの音色と、貴族令嬢とは思えないほど、自分に自信のない、小さくか弱い女性の姿。
「姉妹で、あんなにも性格が違うんだな……」
誰にも届かない言葉を呟き、ライナスは目を閉じた。
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