姉の婚約者であるはずの第一王子に「お前はとても優秀だそうだから、婚約者にしてやってもいい」と言われました。

ふまさ

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「でも、驚いたな。こんなに繊細で美しい音色を出していたのが、きみのような若いご令嬢だったなんて」

 そこに立っていたのは、マイラの知らない青年だった。月明かりだけなので、きちんと見えるわけではないが、マイラより少し年上、といったところだろうか。ヘイデンの弟である第二王子とも違うようだが、こんな夜更けにここにいるということは、少なくともそれなりの身分の人なのだろう。マイラは慌てて頭を下げた。

「す、すみませんっ。うるさかったですよね」

「うるさいなんて、とんでもない。思わず聞き惚れてしまったほどなのに」

「そ、そんな。とんでもないです」

 マイラがバイオリンを背後に隠す。青年は残念そうに、一つ笑った。

「技術はもちろんだけど、きみの音色は、どこか心に響くものだった。もう一度聞きたいのだけれど……駄目かな?」

 青年の声色はとても落ち着いていて、澄んだ色をしていた。同じ年頃のヘイデンのような威圧感はなく、優しい音。それだけでマイラは、少し落ち着くことができた。

「そんな大層なものではありません……最近は誰かの教えをこうことも出来ず、独学でやってきましたから……あの、それより」

「うん? なに?」

 マイラが青年を見詰める。優雅な仕草。話し方。漂う気品。おそらくは、宮廷からここに来た青年。まさか。まさか。マイラの背中に、一筋の冷たい汗が流れた。

「……わたしはベーム公爵の娘。マイラと申します。お、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「ああ、そうだね。これじゃただの不審者だ。わたしはサイディルム王国の第二王子。ライナスだよ。よろしくね」

 ライナスがにっこり笑う。対し、マイラは──凍りついてしまった。

(わ、わたしは、他国の王族の方の睡眠を邪魔してしまった……っ)

 マイラはがくっと膝を地面につけ「も、申し訳ありません……っ」と土下座した。ライナスが戸惑う。

「え? え? どうして謝るの?」

「わたしのバイオリンの音が気になって、眠れなかったのですよね……? 本当に申し訳ございませんっ」

「ち、違う。違う。情けないけど、自国を出たのがはじめてだったせいか、緊張して、どうしても寝つけなくなってしまっていたんだ。外の空気でも吸おうと散歩していたら、微かに、バイオリンの音が聞こえて──それを辿って、ここに来たんだ」

 ライナスは「わたしがきみの音に出逢いたくて、来たんだよ」とマイラに手を差し出した。
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