8 / 57
8
しおりを挟む
「でも、驚いたな。こんなに繊細で美しい音色を出していたのが、きみのような若いご令嬢だったなんて」
そこに立っていたのは、マイラの知らない青年だった。月明かりだけなので、きちんと見えるわけではないが、マイラより少し年上、といったところだろうか。ヘイデンの弟である第二王子とも違うようだが、こんな夜更けにここにいるということは、少なくともそれなりの身分の人なのだろう。マイラは慌てて頭を下げた。
「す、すみませんっ。うるさかったですよね」
「うるさいなんて、とんでもない。思わず聞き惚れてしまったほどなのに」
「そ、そんな。とんでもないです」
マイラがバイオリンを背後に隠す。青年は残念そうに、一つ笑った。
「技術はもちろんだけど、きみの音色は、どこか心に響くものだった。もう一度聞きたいのだけれど……駄目かな?」
青年の声色はとても落ち着いていて、澄んだ色をしていた。同じ年頃のヘイデンのような威圧感はなく、優しい音。それだけでマイラは、少し落ち着くことができた。
「そんな大層なものではありません……最近は誰かの教えをこうことも出来ず、独学でやってきましたから……あの、それより」
「うん? なに?」
マイラが青年を見詰める。優雅な仕草。話し方。漂う気品。おそらくは、宮廷からここに来た青年。まさか。まさか。マイラの背中に、一筋の冷たい汗が流れた。
「……わたしはベーム公爵の娘。マイラと申します。お、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、そうだね。これじゃただの不審者だ。わたしはサイディルム王国の第二王子。ライナスだよ。よろしくね」
ライナスがにっこり笑う。対し、マイラは──凍りついてしまった。
(わ、わたしは、他国の王族の方の睡眠を邪魔してしまった……っ)
マイラはがくっと膝を地面につけ「も、申し訳ありません……っ」と土下座した。ライナスが戸惑う。
「え? え? どうして謝るの?」
「わたしのバイオリンの音が気になって、眠れなかったのですよね……? 本当に申し訳ございませんっ」
「ち、違う。違う。情けないけど、自国を出たのがはじめてだったせいか、緊張して、どうしても寝つけなくなってしまっていたんだ。外の空気でも吸おうと散歩していたら、微かに、バイオリンの音が聞こえて──それを辿って、ここに来たんだ」
ライナスは「わたしがきみの音に出逢いたくて、来たんだよ」とマイラに手を差し出した。
そこに立っていたのは、マイラの知らない青年だった。月明かりだけなので、きちんと見えるわけではないが、マイラより少し年上、といったところだろうか。ヘイデンの弟である第二王子とも違うようだが、こんな夜更けにここにいるということは、少なくともそれなりの身分の人なのだろう。マイラは慌てて頭を下げた。
「す、すみませんっ。うるさかったですよね」
「うるさいなんて、とんでもない。思わず聞き惚れてしまったほどなのに」
「そ、そんな。とんでもないです」
マイラがバイオリンを背後に隠す。青年は残念そうに、一つ笑った。
「技術はもちろんだけど、きみの音色は、どこか心に響くものだった。もう一度聞きたいのだけれど……駄目かな?」
青年の声色はとても落ち着いていて、澄んだ色をしていた。同じ年頃のヘイデンのような威圧感はなく、優しい音。それだけでマイラは、少し落ち着くことができた。
「そんな大層なものではありません……最近は誰かの教えをこうことも出来ず、独学でやってきましたから……あの、それより」
「うん? なに?」
マイラが青年を見詰める。優雅な仕草。話し方。漂う気品。おそらくは、宮廷からここに来た青年。まさか。まさか。マイラの背中に、一筋の冷たい汗が流れた。
「……わたしはベーム公爵の娘。マイラと申します。お、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、そうだね。これじゃただの不審者だ。わたしはサイディルム王国の第二王子。ライナスだよ。よろしくね」
ライナスがにっこり笑う。対し、マイラは──凍りついてしまった。
(わ、わたしは、他国の王族の方の睡眠を邪魔してしまった……っ)
マイラはがくっと膝を地面につけ「も、申し訳ありません……っ」と土下座した。ライナスが戸惑う。
「え? え? どうして謝るの?」
「わたしのバイオリンの音が気になって、眠れなかったのですよね……? 本当に申し訳ございませんっ」
「ち、違う。違う。情けないけど、自国を出たのがはじめてだったせいか、緊張して、どうしても寝つけなくなってしまっていたんだ。外の空気でも吸おうと散歩していたら、微かに、バイオリンの音が聞こえて──それを辿って、ここに来たんだ」
ライナスは「わたしがきみの音に出逢いたくて、来たんだよ」とマイラに手を差し出した。
139
お気に入りに追加
2,123
あなたにおすすめの小説

【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。
千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。
だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。
いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……?
と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。
【完結】契約結婚。醜いと婚約破棄された私と仕事中毒上司の幸せな結婚生活。
千紫万紅
恋愛
魔塔で働く平民のブランシェは、婚約者である男爵家嫡男のエクトルに。
「醜くボロボロになってしまった君を、私はもう愛せない。だからブランシェ、さよならだ」
そう告げられて婚約破棄された。
親が決めた相手だったけれど、ブランシェはエクトルが好きだった。
エクトルもブランシェを好きだと言っていた。
でもブランシェの父親が事業に失敗し、持参金の用意すら出来なくなって。
別れまいと必死になって働くブランシェと、婚約を破棄したエクトル。
そしてエクトルには新しい貴族令嬢の婚約者が出来て。
ブランシェにも父親が新しい結婚相手を見つけてきた。
だけどそれはブランシェにとって到底納得のいかないもの。
そんなブランシェに契約結婚しないかと、職場の上司アレクセイが持ちかけてきて……
釣り合わないと言われても、婚約者と別れる予定はありません
しろねこ。
恋愛
幼馴染と婚約を結んでいるラズリーは、学園に入学してから他の令嬢達によく絡まれていた。
曰く、婚約者と釣り合っていない、身分不相応だと。
ラズリーの婚約者であるファルク=トワレ伯爵令息は、第二王子の側近で、将来護衛騎士予定の有望株だ。背も高く、見目も良いと言う事で注目を浴びている。
対してラズリー=コランダム子爵令嬢は薬草学を専攻していて、外に出る事も少なく地味な見た目で華々しさもない。
そんな二人を周囲は好奇の目で見ており、時にはラズリーから婚約者を奪おうとするものも出てくる。
おっとり令嬢ラズリーはそんな周囲の圧力に屈することはない。
「釣り合わない? そうですか。でも彼は私が良いって言ってますし」
時に優しく、時に豪胆なラズリー、平穏な日々はいつ来るやら。
ハッピーエンド、両思い、ご都合主義なストーリーです。
ゆっくり更新予定です(*´ω`*)
小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。
王太子殿下から婚約破棄されたのは冷たい私のせいですか?
ねーさん
恋愛
公爵令嬢であるアリシアは王太子殿下と婚約してから十年、王太子妃教育に勤しんで来た。
なのに王太子殿下は男爵令嬢とイチャイチャ…諫めるアリシアを悪者扱い。「アリシア様は殿下に冷たい」なんて男爵令嬢に言われ、結果、婚約は破棄。
王太子妃になるため自由な時間もなく頑張って来たのに、私は駒じゃありません!

【完結】あなたを忘れたい
やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。
そんな時、不幸が訪れる。
■□■
【毎日更新】毎日8時と18時更新です。
【完結保証】最終話まで書き終えています。
最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)

「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。
海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。
アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。
しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。
「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」
聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。
※本編は全7話で完結します。
※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。
全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。
彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。

完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!
仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。
ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。
理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。
ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。
マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。
自室にて、過去の母の言葉を思い出す。
マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を…
しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。
そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。
ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。
マリアは父親に願い出る。
家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが………
この話はフィクションです。
名前等は実際のものとなんら関係はありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる