6 / 57
6
しおりを挟む
マイラがわりあてられた部屋は、王族が住まう宮廷からもっとも遠い位置にある、小さな離宮だった。小さいといっても、全部で四室あるうえに、池つきの庭まである。
マイラが離宮を一人で探検していると、夕食が運びこまれてきた。屋敷でもいつも一人で食事をしていたので、寂しいと思うこともなく。むしろパメラたちがいつ何をするかに怯えなくていいぶん、久しぶりにゆっくりと、味わって食べることができた。
常に傍にいる使用人は一人も用意されていなかったため、人の目を気にする必要もなかった。嫌がらせだったのかもしれないが、マイラには大変ありがたいことだった。だから基本的に王妃教育のあとは何をするのも、マイラの自由。もとより屋敷でも、マイラだけは侍女の一人も付けてもらったことがなかったので、何の不自由も感じなかった。
おまけにどこの宮からもここは距離があるため、マイラは窓を全て閉め、持ち込んだバイオリンを取り出し、弾いてみた。しばらくして。じっと待ってみたが、誰も怒鳴りこんでくる様子もない。何度か繰り返してみたが、どうやらバイオリンの音は、誰にも届いていないらしい。
マイラは目を輝かせた。胸を高鳴らせ、一人呟く。
「──ここは天国なの?」
次の日。
学園の廊下でヘイデンとすれ違いざまに「しっかり励め」と言われた。バイオリンの抗議かと身構えたマイラは、何だかほっとした。パメラの機嫌もよく、教育係の人ともだんだんと打ち解けていき、マイラの心はかつてないほど満たされていた。
「はい、しっかり復習もできているようですね。誰かさんとは大違い──いえ、これは聞かなかったことに」
アンバーが笑いながら人差し指を口元にあてる。はい。マイラは頬を緩めた。
「さて。今日はこのぐらいにしておきましょう。とっておきの焼き菓子を持ってきましたから、一緒に食べましょうか」
「ありがとうございます、先生」
日課になりつつある、お茶の時間。屋敷にも学園にも居場所がないマイラ。誰かと一緒に食事なんて、少し前ならとても考えられなかった。
ずっとこの時間が続けばいいのになあ。なんて、願うほどに幸せだった。
──このときのマイラは、これ以上の幸せがあるなんて、知らなかったから。
マイラが離宮を一人で探検していると、夕食が運びこまれてきた。屋敷でもいつも一人で食事をしていたので、寂しいと思うこともなく。むしろパメラたちがいつ何をするかに怯えなくていいぶん、久しぶりにゆっくりと、味わって食べることができた。
常に傍にいる使用人は一人も用意されていなかったため、人の目を気にする必要もなかった。嫌がらせだったのかもしれないが、マイラには大変ありがたいことだった。だから基本的に王妃教育のあとは何をするのも、マイラの自由。もとより屋敷でも、マイラだけは侍女の一人も付けてもらったことがなかったので、何の不自由も感じなかった。
おまけにどこの宮からもここは距離があるため、マイラは窓を全て閉め、持ち込んだバイオリンを取り出し、弾いてみた。しばらくして。じっと待ってみたが、誰も怒鳴りこんでくる様子もない。何度か繰り返してみたが、どうやらバイオリンの音は、誰にも届いていないらしい。
マイラは目を輝かせた。胸を高鳴らせ、一人呟く。
「──ここは天国なの?」
次の日。
学園の廊下でヘイデンとすれ違いざまに「しっかり励め」と言われた。バイオリンの抗議かと身構えたマイラは、何だかほっとした。パメラの機嫌もよく、教育係の人ともだんだんと打ち解けていき、マイラの心はかつてないほど満たされていた。
「はい、しっかり復習もできているようですね。誰かさんとは大違い──いえ、これは聞かなかったことに」
アンバーが笑いながら人差し指を口元にあてる。はい。マイラは頬を緩めた。
「さて。今日はこのぐらいにしておきましょう。とっておきの焼き菓子を持ってきましたから、一緒に食べましょうか」
「ありがとうございます、先生」
日課になりつつある、お茶の時間。屋敷にも学園にも居場所がないマイラ。誰かと一緒に食事なんて、少し前ならとても考えられなかった。
ずっとこの時間が続けばいいのになあ。なんて、願うほどに幸せだった。
──このときのマイラは、これ以上の幸せがあるなんて、知らなかったから。
136
お気に入りに追加
2,123
あなたにおすすめの小説

【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。
千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。
だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。
いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……?
と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。
【完結】契約結婚。醜いと婚約破棄された私と仕事中毒上司の幸せな結婚生活。
千紫万紅
恋愛
魔塔で働く平民のブランシェは、婚約者である男爵家嫡男のエクトルに。
「醜くボロボロになってしまった君を、私はもう愛せない。だからブランシェ、さよならだ」
そう告げられて婚約破棄された。
親が決めた相手だったけれど、ブランシェはエクトルが好きだった。
エクトルもブランシェを好きだと言っていた。
でもブランシェの父親が事業に失敗し、持参金の用意すら出来なくなって。
別れまいと必死になって働くブランシェと、婚約を破棄したエクトル。
そしてエクトルには新しい貴族令嬢の婚約者が出来て。
ブランシェにも父親が新しい結婚相手を見つけてきた。
だけどそれはブランシェにとって到底納得のいかないもの。
そんなブランシェに契約結婚しないかと、職場の上司アレクセイが持ちかけてきて……
釣り合わないと言われても、婚約者と別れる予定はありません
しろねこ。
恋愛
幼馴染と婚約を結んでいるラズリーは、学園に入学してから他の令嬢達によく絡まれていた。
曰く、婚約者と釣り合っていない、身分不相応だと。
ラズリーの婚約者であるファルク=トワレ伯爵令息は、第二王子の側近で、将来護衛騎士予定の有望株だ。背も高く、見目も良いと言う事で注目を浴びている。
対してラズリー=コランダム子爵令嬢は薬草学を専攻していて、外に出る事も少なく地味な見た目で華々しさもない。
そんな二人を周囲は好奇の目で見ており、時にはラズリーから婚約者を奪おうとするものも出てくる。
おっとり令嬢ラズリーはそんな周囲の圧力に屈することはない。
「釣り合わない? そうですか。でも彼は私が良いって言ってますし」
時に優しく、時に豪胆なラズリー、平穏な日々はいつ来るやら。
ハッピーエンド、両思い、ご都合主義なストーリーです。
ゆっくり更新予定です(*´ω`*)
小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。
王太子殿下から婚約破棄されたのは冷たい私のせいですか?
ねーさん
恋愛
公爵令嬢であるアリシアは王太子殿下と婚約してから十年、王太子妃教育に勤しんで来た。
なのに王太子殿下は男爵令嬢とイチャイチャ…諫めるアリシアを悪者扱い。「アリシア様は殿下に冷たい」なんて男爵令嬢に言われ、結果、婚約は破棄。
王太子妃になるため自由な時間もなく頑張って来たのに、私は駒じゃありません!
全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。
彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。

【完結】あなたを忘れたい
やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。
そんな時、不幸が訪れる。
■□■
【毎日更新】毎日8時と18時更新です。
【完結保証】最終話まで書き終えています。
最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。
112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。
愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。
実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。
アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。
「私に娼館を紹介してください」
娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

【完結済】次こそは愛されるかもしれないと、期待した私が愚かでした。
こゆき
恋愛
リーゼッヒ王国、王太子アレン。
彼の婚約者として、清く正しく生きてきたヴィオラ・ライラック。
皆に祝福されたその婚約は、とてもとても幸せなものだった。
だが、学園にとあるご令嬢が転入してきたことにより、彼女の生活は一変してしまう。
何もしていないのに、『ヴィオラがそのご令嬢をいじめている』とみんなが言うのだ。
どれだけ違うと訴えても、誰も信じてはくれなかった。
絶望と悲しみにくれるヴィオラは、そのまま隣国の王太子──ハイル帝国の王太子、レオへと『同盟の証』という名の厄介払いとして嫁がされてしまう。
聡明な王子としてリーゼッヒ王国でも有名だったレオならば、己の無罪を信じてくれるかと期待したヴィオラだったが──……
※在り来りなご都合主義設定です
※『悪役令嬢は自分磨きに忙しい!』の合間の息抜き小説です
※つまりは行き当たりばったり
※不定期掲載な上に雰囲気小説です。ご了承ください
4/1 HOT女性向け2位に入りました。ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる