姉の婚約者であるはずの第一王子に「お前はとても優秀だそうだから、婚約者にしてやってもいい」と言われました。

ふまさ

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 マイラがわりあてられた部屋は、王族が住まう宮廷からもっとも遠い位置にある、小さな離宮だった。小さいといっても、全部で四室あるうえに、池つきの庭まである。

 マイラが離宮を一人で探検していると、夕食が運びこまれてきた。屋敷でもいつも一人で食事をしていたので、寂しいと思うこともなく。むしろパメラたちがいつ何をするかに怯えなくていいぶん、久しぶりにゆっくりと、味わって食べることができた。

 常に傍にいる使用人は一人も用意されていなかったため、人の目を気にする必要もなかった。嫌がらせだったのかもしれないが、マイラには大変ありがたいことだった。だから基本的に王妃教育のあとは何をするのも、マイラの自由。もとより屋敷でも、マイラだけは侍女の一人も付けてもらったことがなかったので、何の不自由も感じなかった。

 おまけにどこの宮からもここは距離があるため、マイラは窓を全て閉め、持ち込んだバイオリンを取り出し、弾いてみた。しばらくして。じっと待ってみたが、誰も怒鳴りこんでくる様子もない。何度か繰り返してみたが、どうやらバイオリンの音は、誰にも届いていないらしい。

 マイラは目を輝かせた。胸を高鳴らせ、一人呟く。

「──ここは天国なの?」


 次の日。
 学園の廊下でヘイデンとすれ違いざまに「しっかり励め」と言われた。バイオリンの抗議かと身構えたマイラは、何だかほっとした。パメラの機嫌もよく、教育係の人ともだんだんと打ち解けていき、マイラの心はかつてないほど満たされていた。

「はい、しっかり復習もできているようですね。誰かさんとは大違い──いえ、これは聞かなかったことに」

 アンバーが笑いながら人差し指を口元にあてる。はい。マイラは頬を緩めた。

「さて。今日はこのぐらいにしておきましょう。とっておきの焼き菓子を持ってきましたから、一緒に食べましょうか」

「ありがとうございます、先生」

 日課になりつつある、お茶の時間。屋敷にも学園にも居場所がないマイラ。誰かと一緒に食事なんて、少し前ならとても考えられなかった。

 ずっとこの時間が続けばいいのになあ。なんて、願うほどに幸せだった。


 ──このときのマイラは、これ以上の幸せがあるなんて、知らなかったから。
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