6 / 15
6
しおりを挟む
愛する人がいる。それを理由に、パットがオーレリアを蔑ろにすることは決してなかった。月に数回はデートしていたし、キャンセルはおろか、遅刻されたことすら一度もなかった。
そして二人でいるとき、オーレリアが話をふらない限り、パットはアデラインの名を口に出すことすらしなかった。
パットは紳士的で、とても優しかった。そんなパットに少しずつ、少しずつ、オーレリアが惹かれはじめていた、十二月のこと。
「わたし、一度、アデラインさんにお会いしてみたいです」
学園の食堂で昼食をとっているとき、オーレリアは唐突に、正面に座るパットにそう告げた。パットがキョトンとする。
「突然、どうしたの?」
「わたしの中では突然、というわけではなかったのですが……前からお会いできたらなとは思っておりました。パット様はわたしに気を使ってあまりアデラインさんのことはお話になりませんが、時々うかがうアデラインさんの人となりに、もしかしたらお友達になれるかもしれない、と……」
「友達?」
「はい。わたしは家が借金を抱えていることもあり、この学園ではどうしても引け目を感じてしまい……あまり友と呼べる存在がおりません。アデラインさんはわたしとパット様の婚約を承知してくれているとおっしゃっていたので、もしかしたら──ああ。でも、いくら政略とはいえ、やはり愛する人と婚約した女になど、会いたくはないでしょうか……」
「そんなことはないよ。アデラインも産まれ育った故郷をはなれて以来、朝から夜まで働きづめだったから、友達をつくる余裕もなかったみたいなんだ。だからきっと、喜んでくれると思う……のだけれど」
「……けれど?」
パットは、それがね、と苦笑した。
「実は、父上たちからきつく言われていてね。オーレリアとアデラインを絶対に会わせてはならないって。まあ、当然のことだとは思うけど」
オーレリアは、確かにと思いながらも「でも、双方が会いたいと言っているのなら、クーヘン伯爵もきっといいと言ってくださると思いますよ」と笑った。
「そう、だね。そうかも。なら、父上に手紙を書いて、承諾を得ることにするよ。これは、きみの家に援助するための条件の一つでもあったから」
オーレリアは僅かに目を見開いた。
「わたしとアデラインさんを会わせないことが、ですか?」
「うん。そうだよ」
「……何だか、随分と気を使っていただいていたみたいですね」
「それはそうだよ。何せ、無理を言ったのはぼくだから」
「いえ、そんな……借金のある家に婿養子としてきてくださるだけでなく、援助までしていただけるのですから……わたしはもう、それだけで感謝してもしきれないのに、こんなに気を使っていただけるなんて……」
「それは、オーレリアが優しい子だからだよ。ぼくはきみにも、ちゃんと好意を抱いているよ。ありがとう。アデラインと仲良くなってくれたら、ぼくも本当に嬉しい」
パットが優しくはにかむ。オーレリアは胸が少しだけ高鳴った気がしたけれど、気付かないふりをした。
友達になりたいのは、嘘偽りないオーレリアの本心。
──でも。
(……アデラインさんと会って、この人にはかなわないって、想いは決して届かないって、早く思い知りたいな)
これも、本当。
だからだろうか。
街で偶然見つけたパットの後を、こっそりつけてしまったのは。
そして二人でいるとき、オーレリアが話をふらない限り、パットはアデラインの名を口に出すことすらしなかった。
パットは紳士的で、とても優しかった。そんなパットに少しずつ、少しずつ、オーレリアが惹かれはじめていた、十二月のこと。
「わたし、一度、アデラインさんにお会いしてみたいです」
学園の食堂で昼食をとっているとき、オーレリアは唐突に、正面に座るパットにそう告げた。パットがキョトンとする。
「突然、どうしたの?」
「わたしの中では突然、というわけではなかったのですが……前からお会いできたらなとは思っておりました。パット様はわたしに気を使ってあまりアデラインさんのことはお話になりませんが、時々うかがうアデラインさんの人となりに、もしかしたらお友達になれるかもしれない、と……」
「友達?」
「はい。わたしは家が借金を抱えていることもあり、この学園ではどうしても引け目を感じてしまい……あまり友と呼べる存在がおりません。アデラインさんはわたしとパット様の婚約を承知してくれているとおっしゃっていたので、もしかしたら──ああ。でも、いくら政略とはいえ、やはり愛する人と婚約した女になど、会いたくはないでしょうか……」
「そんなことはないよ。アデラインも産まれ育った故郷をはなれて以来、朝から夜まで働きづめだったから、友達をつくる余裕もなかったみたいなんだ。だからきっと、喜んでくれると思う……のだけれど」
「……けれど?」
パットは、それがね、と苦笑した。
「実は、父上たちからきつく言われていてね。オーレリアとアデラインを絶対に会わせてはならないって。まあ、当然のことだとは思うけど」
オーレリアは、確かにと思いながらも「でも、双方が会いたいと言っているのなら、クーヘン伯爵もきっといいと言ってくださると思いますよ」と笑った。
「そう、だね。そうかも。なら、父上に手紙を書いて、承諾を得ることにするよ。これは、きみの家に援助するための条件の一つでもあったから」
オーレリアは僅かに目を見開いた。
「わたしとアデラインさんを会わせないことが、ですか?」
「うん。そうだよ」
「……何だか、随分と気を使っていただいていたみたいですね」
「それはそうだよ。何せ、無理を言ったのはぼくだから」
「いえ、そんな……借金のある家に婿養子としてきてくださるだけでなく、援助までしていただけるのですから……わたしはもう、それだけで感謝してもしきれないのに、こんなに気を使っていただけるなんて……」
「それは、オーレリアが優しい子だからだよ。ぼくはきみにも、ちゃんと好意を抱いているよ。ありがとう。アデラインと仲良くなってくれたら、ぼくも本当に嬉しい」
パットが優しくはにかむ。オーレリアは胸が少しだけ高鳴った気がしたけれど、気付かないふりをした。
友達になりたいのは、嘘偽りないオーレリアの本心。
──でも。
(……アデラインさんと会って、この人にはかなわないって、想いは決して届かないって、早く思い知りたいな)
これも、本当。
だからだろうか。
街で偶然見つけたパットの後を、こっそりつけてしまったのは。
492
お気に入りに追加
2,206
あなたにおすすめの小説

二度目の恋
豆狸
恋愛
私の子がいなくなって半年と少し。
王都へ行っていた夫が、久しぶりに伯爵領へと戻ってきました。
満面の笑みを浮かべた彼の後ろには、ヴィエイラ侯爵令息の未亡人が赤毛の子どもを抱いて立っています。彼女は、彼がずっと想ってきた女性です。
※上記でわかる通り子どもに関するセンシティブな内容があります。

(完結)私が貴方から卒業する時
青空一夏
恋愛
私はペシオ公爵家のソレンヌ。ランディ・ヴァレリアン第2王子は私の婚約者だ。彼に幼い頃慰めてもらった思い出がある私はずっと恋をしていたわ。
だから、ランディ様に相応しくなれるよう努力してきたの。でもね、彼は・・・・・・
※なんちゃって西洋風異世界。現代的な表現や機器、お料理などでてくる可能性あり。史実には全く基づいておりません。

貴方の運命になれなくて
豆狸
恋愛
運命の相手を見つめ続ける王太子ヨアニスの姿に、彼の婚約者であるスクリヴァ公爵令嬢リディアは身を引くことを決めた。
ところが婚約を解消した後で、ヨアニスの運命の相手プセマが毒に倒れ──
「……君がそんなに私を愛していたとは知らなかったよ」
「え?」
「プセマは毒で死んだよ。ああ、驚いたような顔をしなくてもいい。君は知っていたんだろう? プセマに毒を飲ませたのは君なんだから!」


なにをおっしゃいますやら
基本二度寝
恋愛
本日、五年通った学び舎を卒業する。
エリクシア侯爵令嬢は、己をエスコートする男を見上げた。
微笑んで見せれば、男は目線を逸らす。
エブリシアは苦笑した。
今日までなのだから。
今日、エブリシアは婚約解消する事が決まっているのだから。

あなたの妻にはなりません
風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から大好きだった婚約者のレイズ。
彼が伯爵位を継いだと同時に、わたしと彼は結婚した。
幸せな日々が始まるのだと思っていたのに、夫は仕事で戦場近くの街に行くことになった。
彼が旅立った数日後、わたしの元に届いたのは夫の訃報だった。
悲しみに暮れているわたしに近づいてきたのは、夫の親友のディール様。
彼は夫から自分の身に何かあった時にはわたしのことを頼むと言われていたのだと言う。
あっという間に日にちが過ぎ、ディール様から求婚される。
悩みに悩んだ末に、ディール様と婚約したわたしに、友人と街に出た時にすれ違った男が言った。
「あの男と結婚するのはやめなさい。彼は君の夫の殺害を依頼した男だ」

彼女は彼の運命の人
豆狸
恋愛
「デホタに謝ってくれ、エマ」
「なにをでしょう?」
「この数ヶ月、デホタに嫌がらせをしていたことだ」
「謝ってくだされば、アタシは恨んだりしません」
「デホタは優しいな」
「私がデホタ様に嫌がらせをしてたんですって。あなた、知っていた?」
「存じませんでしたが、それは不可能でしょう」

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる