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頼られるより、頼ることの方が多いオーブリー。それでもミラベルは、オーブリーを下げることなく。人前では次期当主として、オーブリーを立ててくれた。
そのおかげか。オーブリーは当主として相応しくないのではないかという陰口も、次第に減っていった。
オーブリーは本当に、心からミラベルに感謝していた。その気持ちに嘘はない。優しくて、気遣いができて。伯爵夫人としての教養も、申し分ない。オーブリーの家族も、みながミラベルを認め、好いていた。
心のどこかにいつも引っかかりはあったものの、それには気付かないふりをして、オーブリーはミラベルとの時を過ごした。
けれど。
十五歳となり、幼いころより住んでいた地元を離れ、王都にある王立学園に一歩、足を踏み入れた瞬間。狭い世界から、一気に広い世界へと解き放たれたような気分になったオーブリーは、思ってしまった。
入学式のため、式場に集まる女子生徒。こんなにたくさんの、同じ年の貴族令嬢をみるのは、はじめてで。
キラキラと輝く女子生徒はみんな可愛くて、綺麗で。オーブリーはそんな女子生徒たちに見惚れてから、隣に立つミラベルをちらっと横目で見てみた。
──やっぱり、ミラベルは不細工だ。
心の中で、呟いた。
そうなると、もう止まらない。いままで必死に考えないようにしていたものが、溢れてくる。
(ミラベルは、中身は最高なんだ。申し分ない。こんなヘタレなぼくを立ててくれるし、慰めてくれるし、いつも助けてくれる。でも、どうしても顔だけが好きになれない)
貴族の子らが多く通うこの王立学園では、オーブリーとミラベルのように、入学前から婚約者がいることは決して珍しくなく。婚約者同士であろう男女が、一緒に並んで歩く姿はそこら中にあった。
「…………」
オーブリーは無言で、男子生徒の隣にいる女子生徒に視線を移していく。みな、ミラベルより顔がよくて、オーブリーはなんだか、惨めな気分になった。
「オーブリー、どうしたの?」
いつも、オーブリーのちょっとした変化に気付き、心配してくれるミラベル。ぎくりとしたオーブリーは、申し訳なさを感じながらも、でも事実だしなあと、少し開き直りの思いもあった。
「……なんでもない、よ」
ひくつきながら笑うオーブリーに、ミラベルは「そう?」と首を傾げながらも深く追求はせず、早く行きましょう、と式場へ足を向けた。
「……美人とはいかないまでも、あと少しだけでも、顔がよければなあ」
ぽつりとぼやいた台詞は、生徒たちのざわつきの中、消えていった。
「──ごめんなさい!」
入学式から、何日か経ったころ。王立学園の校舎内の廊下で、学友と並んで歩くオーブリーの肩にぶつかった女子生徒が、焦ったように謝罪してきた。いえ、とオーブリーはその女子生徒と視線を合わせた瞬間、あまりの美貌に、固まってしまった。
「あたし、ちょっと考え事してて……知らず、下を向いて歩いていました。本当にすみません」
こんな美しい人が、この世にいるのか。ぼーっと見惚れていると、近くにいた学友に肩を揺すられた。
「どうしたんだよ、ぼーっとして」
ぼんやりしていたオーブリーは、つい「……あんまり綺麗で」と、正直に答えてしまった。しまったと思ったときには遅く。学友は呆れた様子で、目の前の美しい人は、目を丸くしていた。
「す、すみません。つい本音が……っ」
これまた正直に吐露すると、女子生徒はクスリと笑った。
「ふふ、ありがとうございます。お世辞でも嬉しいです」
「お世辞だなんて……綺麗なんてこと、あなたなら言われ慣れているでしょう?」
「そんなことないですよ」
謙遜。こんなに美しい人が。オーブリーの鼓動は早まるばかりで、音が周囲に聞こえてしまいそうなほど大きく高鳴る。
(……うわ、なんだこれ。ミラベル相手じゃ、絶対、こんな感覚にはならない。こんな人が婚約者だったら、堂々とみんなに紹介できるのに)
並んで歩くのも、恥ずかしくない。他の貴族令息を、羨むこともなくなるだろう。
学友に「お前、見すぎ」と、小声で腕を
つつかれるまで、オーブリーは美しい女子生徒から視線を逸らすことができなかった。
互いにぺこりと頭を下げ、オーブリーは名残惜しい思いを引きずりつつ、その場を後にした。
「あのさ。お前には婚約者がいるんだから、あんまり他の令嬢に綺麗、綺麗って言わない方がいいんじゃない?」
学友の注意にも、オーブリーは「だって、綺麗なのは本当じゃないか」と、むしろムッとしたように反論する。
(婚約者が不細工のぼくの気持ちなんて、こいつにはわからないんだっ)
言えない本音に、苛々する。
廊下で、違うクラスになったミラベルとばったり会った。笑顔でオーブリーの名前を呼ぶその顔は、やっぱり、美しさとはほど遠くて。
笑顔でそれに答えつつ、オーブリーは内心、げんなりしていた。
(……あの綺麗な人、なんて名前だろう。婚約者は──いないはずないか。あんなに美しいんだから)
と、思っていたのだが。
王立学園の中でも、群を抜いて美しいその人は、一学年上の、マルヴィナという名の子爵令嬢だった。
必死に調べ回ったわけじゃない。誰かに聞いたわけでもない。驚いたことに、向こうから話しかけてきてくれたのだ。
はじめてマルヴィナと会話を交わした次の日。教室で、次の授業の準備をしていると、マルヴィナがやってきた。少しいいですかと声をかけられたオーブリーは、なんの疑いもなく、ただ舞い上がり、喜んでついていった。
人気のない校舎裏につくと、マルヴィナは「あの、伯爵家の嫡男だと聞いたのですか、本当ですか?」と、いきなりたずねてきた。
流石に驚き、目を丸くするオーブリー。
貴族令嬢は、貴族の嫡男と結婚できるかできないかで、将来が大きく変わる。たとえば容姿が優れていなくても、他に問題があっても、貴族の嫡男というだけで、もてはやされることがほとんどだ。
「えと、はい。コスタ伯爵家の嫡男、オーブリー・コスタです」
貴族の嫡男だから話しかけられた。そのことに、むしろオーブリーの心は躍っていた。
(……付き合ってくださいとか、言われる? 伯爵夫人の座を狙って?)
そうしたら、どうしよう。一応、ミラベルっていう婚約者がいるけど。それを知ったら、諦められるのかな。嫌だな。相手は平民じゃなくて、貴族令嬢だし。父上たちだって、不細工なミラベルより、綺麗なマルヴィナ嬢の方がいいんじゃ。などと思考を巡らせていると、マルヴィナは「そうですか」と頬を緩ませた。
「実はあたし、婚約を破棄されてしまっていて……」
その台詞に、オーブリーは驚くと同時に、心の中でガッツポーズをとった。
そのおかげか。オーブリーは当主として相応しくないのではないかという陰口も、次第に減っていった。
オーブリーは本当に、心からミラベルに感謝していた。その気持ちに嘘はない。優しくて、気遣いができて。伯爵夫人としての教養も、申し分ない。オーブリーの家族も、みながミラベルを認め、好いていた。
心のどこかにいつも引っかかりはあったものの、それには気付かないふりをして、オーブリーはミラベルとの時を過ごした。
けれど。
十五歳となり、幼いころより住んでいた地元を離れ、王都にある王立学園に一歩、足を踏み入れた瞬間。狭い世界から、一気に広い世界へと解き放たれたような気分になったオーブリーは、思ってしまった。
入学式のため、式場に集まる女子生徒。こんなにたくさんの、同じ年の貴族令嬢をみるのは、はじめてで。
キラキラと輝く女子生徒はみんな可愛くて、綺麗で。オーブリーはそんな女子生徒たちに見惚れてから、隣に立つミラベルをちらっと横目で見てみた。
──やっぱり、ミラベルは不細工だ。
心の中で、呟いた。
そうなると、もう止まらない。いままで必死に考えないようにしていたものが、溢れてくる。
(ミラベルは、中身は最高なんだ。申し分ない。こんなヘタレなぼくを立ててくれるし、慰めてくれるし、いつも助けてくれる。でも、どうしても顔だけが好きになれない)
貴族の子らが多く通うこの王立学園では、オーブリーとミラベルのように、入学前から婚約者がいることは決して珍しくなく。婚約者同士であろう男女が、一緒に並んで歩く姿はそこら中にあった。
「…………」
オーブリーは無言で、男子生徒の隣にいる女子生徒に視線を移していく。みな、ミラベルより顔がよくて、オーブリーはなんだか、惨めな気分になった。
「オーブリー、どうしたの?」
いつも、オーブリーのちょっとした変化に気付き、心配してくれるミラベル。ぎくりとしたオーブリーは、申し訳なさを感じながらも、でも事実だしなあと、少し開き直りの思いもあった。
「……なんでもない、よ」
ひくつきながら笑うオーブリーに、ミラベルは「そう?」と首を傾げながらも深く追求はせず、早く行きましょう、と式場へ足を向けた。
「……美人とはいかないまでも、あと少しだけでも、顔がよければなあ」
ぽつりとぼやいた台詞は、生徒たちのざわつきの中、消えていった。
「──ごめんなさい!」
入学式から、何日か経ったころ。王立学園の校舎内の廊下で、学友と並んで歩くオーブリーの肩にぶつかった女子生徒が、焦ったように謝罪してきた。いえ、とオーブリーはその女子生徒と視線を合わせた瞬間、あまりの美貌に、固まってしまった。
「あたし、ちょっと考え事してて……知らず、下を向いて歩いていました。本当にすみません」
こんな美しい人が、この世にいるのか。ぼーっと見惚れていると、近くにいた学友に肩を揺すられた。
「どうしたんだよ、ぼーっとして」
ぼんやりしていたオーブリーは、つい「……あんまり綺麗で」と、正直に答えてしまった。しまったと思ったときには遅く。学友は呆れた様子で、目の前の美しい人は、目を丸くしていた。
「す、すみません。つい本音が……っ」
これまた正直に吐露すると、女子生徒はクスリと笑った。
「ふふ、ありがとうございます。お世辞でも嬉しいです」
「お世辞だなんて……綺麗なんてこと、あなたなら言われ慣れているでしょう?」
「そんなことないですよ」
謙遜。こんなに美しい人が。オーブリーの鼓動は早まるばかりで、音が周囲に聞こえてしまいそうなほど大きく高鳴る。
(……うわ、なんだこれ。ミラベル相手じゃ、絶対、こんな感覚にはならない。こんな人が婚約者だったら、堂々とみんなに紹介できるのに)
並んで歩くのも、恥ずかしくない。他の貴族令息を、羨むこともなくなるだろう。
学友に「お前、見すぎ」と、小声で腕を
つつかれるまで、オーブリーは美しい女子生徒から視線を逸らすことができなかった。
互いにぺこりと頭を下げ、オーブリーは名残惜しい思いを引きずりつつ、その場を後にした。
「あのさ。お前には婚約者がいるんだから、あんまり他の令嬢に綺麗、綺麗って言わない方がいいんじゃない?」
学友の注意にも、オーブリーは「だって、綺麗なのは本当じゃないか」と、むしろムッとしたように反論する。
(婚約者が不細工のぼくの気持ちなんて、こいつにはわからないんだっ)
言えない本音に、苛々する。
廊下で、違うクラスになったミラベルとばったり会った。笑顔でオーブリーの名前を呼ぶその顔は、やっぱり、美しさとはほど遠くて。
笑顔でそれに答えつつ、オーブリーは内心、げんなりしていた。
(……あの綺麗な人、なんて名前だろう。婚約者は──いないはずないか。あんなに美しいんだから)
と、思っていたのだが。
王立学園の中でも、群を抜いて美しいその人は、一学年上の、マルヴィナという名の子爵令嬢だった。
必死に調べ回ったわけじゃない。誰かに聞いたわけでもない。驚いたことに、向こうから話しかけてきてくれたのだ。
はじめてマルヴィナと会話を交わした次の日。教室で、次の授業の準備をしていると、マルヴィナがやってきた。少しいいですかと声をかけられたオーブリーは、なんの疑いもなく、ただ舞い上がり、喜んでついていった。
人気のない校舎裏につくと、マルヴィナは「あの、伯爵家の嫡男だと聞いたのですか、本当ですか?」と、いきなりたずねてきた。
流石に驚き、目を丸くするオーブリー。
貴族令嬢は、貴族の嫡男と結婚できるかできないかで、将来が大きく変わる。たとえば容姿が優れていなくても、他に問題があっても、貴族の嫡男というだけで、もてはやされることがほとんどだ。
「えと、はい。コスタ伯爵家の嫡男、オーブリー・コスタです」
貴族の嫡男だから話しかけられた。そのことに、むしろオーブリーの心は躍っていた。
(……付き合ってくださいとか、言われる? 伯爵夫人の座を狙って?)
そうしたら、どうしよう。一応、ミラベルっていう婚約者がいるけど。それを知ったら、諦められるのかな。嫌だな。相手は平民じゃなくて、貴族令嬢だし。父上たちだって、不細工なミラベルより、綺麗なマルヴィナ嬢の方がいいんじゃ。などと思考を巡らせていると、マルヴィナは「そうですか」と頬を緩ませた。
「実はあたし、婚約を破棄されてしまっていて……」
その台詞に、オーブリーは驚くと同時に、心の中でガッツポーズをとった。
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