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「……き、きみのこと、嫌いになったわけじゃないんだ」
オーブリーが申し訳なさそうに切り出すと、待ってましたと言わんばかりに、マルヴィナが言葉を繋ぎはじめた。
「オーブリー様は、決してミラベル様を嫌っているわけではありません。それだけは、誤解なきよう」
ミラベルが、当然のように頭に大量の疑問符を浮かべる。けれど、ミラベルが待ったをかける暇を与えず、オーブリーが勢いのまま、続ける。
「そう、そうなんだ。だから、きみとの婚約を解消する気はないし、結婚する意思は変わらない。ただ、その……」
「……婚約を解消? なにを言っているの?」
「いや、だから。婚約を解消する気はなくて……っ」
オーブリーは一呼吸置いてから、意を決したように、マルヴィナの肩を抱き寄せた。
「子爵令嬢のマルヴィナ嬢を、あ、愛人としてぼくの傍に置くことを許してほしい」
ミラベルが愕然としたように、目を見開く。なんの冗談。口にしたいのに、声が出なかった。
ヴィア伯爵家、次女のミラベル。コスタ伯爵家、嫡男のオーブリー。二人の婚約は、完全なる政略的なもの。愛からはじまったものでも、互いが互いに選んだ、というものでもない。
しかし、二人は決して気が合わないわけでも、仲が悪いというわけでもなかった。
次期当主として、領主として。幼いころより勉学に励んでいたオーブリー。けれど残念ながら、彼は天才でも、まして秀才でもなく、どちらかといえば勉学が苦手だった。
それを支えたのが、婚約者となったミラベルだった。彼女は隣の領地に住むオーブリーの元を訪れては、根気強く、優しく、オーブリーがわからないといった箇所を丁寧に教えた。
年は同じだったから、ミラベルが先にそれらを学んでいたわけではない。まして、当主や領主として必要な知識など、ミラベルが学ぶ必要はなかったが、どうにも集中力が続かないオーブリーよりも、ミラベルの方が努力の才能があった。結果、いつもミラベルがオーブリーに教える側となっていたし、ときにはこっそり課題を手伝ったりしていた。
「……ごめん。本当は家庭教師の人にわかるまで質問するべきなのはわかっているんだけど……一回『まだ理解できないんですか』って、馬鹿にされてから怖くて」
しゅん。落ち込むオーブリーの背中を、隣の椅子に座るミラベルが撫でる。
「どうして謝るの? 悪いのは、その家庭教師の人じゃない。それにわたし、あなたの役に立てて嬉しいわ。お勉強も嫌いじゃないし」
「えー……いいなあ。ぼく、どうにも勉学が好きになれそうもないや。どう考えても、弟の方が領主に向いてると思うんだよね。みんなが陰でそう言ってるの、聞いちゃったし……」
ミラベルが「誰がそんなこと言ってたの?」と、目を吊り上げるのを見て、オーブリーは嬉しそうに笑った。
「ミラベルはいつも、ぼくのために怒ってくれるね」
「当然じゃない。だってあなたは、大切な婚約者だもの」
「婚約者だから怒ってくれるの?」
「それもあるけど、わたしはオーブリーが好きだから」
照れもせずに告げるミラベルに、オーブリーの方が照れくさそうに「ふうん?」と、顔を斜め上に向けた。
「……ぼくも、優しいミラベルが好き」
ありがとう。
笑うミラベルに、オーブリーは天井の角を見詰めたままだった。
オーブリーが申し訳なさそうに切り出すと、待ってましたと言わんばかりに、マルヴィナが言葉を繋ぎはじめた。
「オーブリー様は、決してミラベル様を嫌っているわけではありません。それだけは、誤解なきよう」
ミラベルが、当然のように頭に大量の疑問符を浮かべる。けれど、ミラベルが待ったをかける暇を与えず、オーブリーが勢いのまま、続ける。
「そう、そうなんだ。だから、きみとの婚約を解消する気はないし、結婚する意思は変わらない。ただ、その……」
「……婚約を解消? なにを言っているの?」
「いや、だから。婚約を解消する気はなくて……っ」
オーブリーは一呼吸置いてから、意を決したように、マルヴィナの肩を抱き寄せた。
「子爵令嬢のマルヴィナ嬢を、あ、愛人としてぼくの傍に置くことを許してほしい」
ミラベルが愕然としたように、目を見開く。なんの冗談。口にしたいのに、声が出なかった。
ヴィア伯爵家、次女のミラベル。コスタ伯爵家、嫡男のオーブリー。二人の婚約は、完全なる政略的なもの。愛からはじまったものでも、互いが互いに選んだ、というものでもない。
しかし、二人は決して気が合わないわけでも、仲が悪いというわけでもなかった。
次期当主として、領主として。幼いころより勉学に励んでいたオーブリー。けれど残念ながら、彼は天才でも、まして秀才でもなく、どちらかといえば勉学が苦手だった。
それを支えたのが、婚約者となったミラベルだった。彼女は隣の領地に住むオーブリーの元を訪れては、根気強く、優しく、オーブリーがわからないといった箇所を丁寧に教えた。
年は同じだったから、ミラベルが先にそれらを学んでいたわけではない。まして、当主や領主として必要な知識など、ミラベルが学ぶ必要はなかったが、どうにも集中力が続かないオーブリーよりも、ミラベルの方が努力の才能があった。結果、いつもミラベルがオーブリーに教える側となっていたし、ときにはこっそり課題を手伝ったりしていた。
「……ごめん。本当は家庭教師の人にわかるまで質問するべきなのはわかっているんだけど……一回『まだ理解できないんですか』って、馬鹿にされてから怖くて」
しゅん。落ち込むオーブリーの背中を、隣の椅子に座るミラベルが撫でる。
「どうして謝るの? 悪いのは、その家庭教師の人じゃない。それにわたし、あなたの役に立てて嬉しいわ。お勉強も嫌いじゃないし」
「えー……いいなあ。ぼく、どうにも勉学が好きになれそうもないや。どう考えても、弟の方が領主に向いてると思うんだよね。みんなが陰でそう言ってるの、聞いちゃったし……」
ミラベルが「誰がそんなこと言ってたの?」と、目を吊り上げるのを見て、オーブリーは嬉しそうに笑った。
「ミラベルはいつも、ぼくのために怒ってくれるね」
「当然じゃない。だってあなたは、大切な婚約者だもの」
「婚約者だから怒ってくれるの?」
「それもあるけど、わたしはオーブリーが好きだから」
照れもせずに告げるミラベルに、オーブリーの方が照れくさそうに「ふうん?」と、顔を斜め上に向けた。
「……ぼくも、優しいミラベルが好き」
ありがとう。
笑うミラベルに、オーブリーは天井の角を見詰めたままだった。
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