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「……なるほど。よくわかった」
 
 地の底から響くような低音で呟くファネル伯爵に、ハワードが跳ねるように身体を揺らした。ハンカチを詰められたまま、う゛う゛、と唸るハワードに苛ついたのか、ファネル伯爵は、誰かそいつの縄をといてやれと命じた。
 
 リネットの護衛の男が、立ったままのハワードの傍に近付き、縄をといた。ハワードは急いで詰め込まれたハンカチを口の中からとると、一気に捲し立てた。

「ファ、ファネル伯爵。確かに、その、ルシアンを打ってしまったのは事実です。でもそれには理由があってのこと。ましてリネットが語った暴言の数々、ぼくにはまったく覚えがありませんし、不倫した事実もありません!」

「……ならば、まず聞こうか。ルシアンを打った理由とやらを」

 腕を組み、ぎろりとハワードを見上げるファネル伯爵。ハワードはごくりと唾を呑み、口を開いた。

「今日の夕刻。ぼくが帰宅すると、ぼくのぶんの食事だけが用意されていませんでした。どうしてかと訊ねるぼくに、リネットは外で食べてこいと言い捨てたあげく、屋敷の者が、全員でぼくを無視しだしたのです」

「……それで?」

「いや、だから……酷いでしょう? 一生懸命に働いてきたぼくに、この仕打ち」

「それでなぜ、ルシアンを打つことに繋がるんだ」

「や、優しかったリネットが変わってしまったのは、ルシアンのせいだと……つい、頭に血がのぼってしまって」

「──それが貴様の言う、ルシアンを打った理由か」

 まったく納得していない様子のファネル伯爵に、ハワードが大量の汗をかきはじめる。

「たとえば貴様の語ったことがすべて真実だとしよう。それでまだ赤子のルシアンを打ったことへの、正当な理由になると、本気で考えたのか? だとしたら、貴様は相当頭がいかれているぞ」

 静かな。けれど確かな怒気と侮蔑を含んだ声色に、ハワードは声をなくした。

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