わたしにはもうこの子がいるので、いまさら愛してもらわなくても結構です。

ふまさ

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 滲んだ涙を手で拭うと、リネットは、鋭い口調で告げた。

「縄を持ってきて、この男を縛って」

 ギョッとしたのは、ハワードで。床に転がりながら、顔だけでリネットを見上げた。

「……この男って。まさか、ぼくのことじゃないよね……?」

 問いには答えず、代わりのようにリネットはハワードを睨み付けた。

「もう二度と、ルシアンに近付けさせたりしないわ……っ」

「ふ、ふざけるな! この屋敷の主はぼくだ! 誰がそんな滅茶苦茶な命令を聞くものか──お、おいっ」

 ハワードより一回り大きい、リネットの護衛を任されている男がずんずん近付き、抵抗するハワードの両腕を後ろで掴んだ。シェフが厨房から持ってきた縄を受け取り、両腕を一括りにする。

「ルシアンお坊ちゃまを守れず、申し訳ありません」

 護衛の悔しそうな声色に、リネットが、いいえ、と首を左右にふった。

「あんなの、誰も予想なんてできなかったわ。ここまでハワードが屑だったなんて……すべては、見て見ぬふりをしてきたわたしの責任よ……っ」

 痛めたこぶしを握るリネットに、マドリンが水で濡らしたハンカチを差し出してきた。

「お嬢様。手を」

「……わたしより、ルシアンをっ」

 慌てて我が子を見る。すでに、ハワードに叩かれた頬を、乳母によってハンカチで冷やされていた。ほっとしつつ、痛みに泣くルシアンを見て、さらに激しい怒りがこみ上げてきた。

「……ごめんなさい、ルシアン。わたし、駄目な母親だったわ」

 床に這いつくばったままのハワードを見下ろすと、リネットは確かな決意のもと、はっきりとした口調で告げた。


「──わたし、あなたと離縁します」

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