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「……せめてシンディーという女のことは知らせてやっても良かったのではないか?」

 魂が抜けたようなランドルを、リチャードが屋敷の外へと連れ出したあと、ハーン伯爵はこそっと呟いた。ハーン伯爵夫人は、ハーン伯爵に鋭い視線を向けた。

「あの子の馬鹿な行いの後始末を全て引き受けたうえに、まだそんなことを言うのですか?」

「でもなあ……」

「案外、性根の腐った者同士、うまくやるのではないですか?」

 ハーン伯爵がため息をつく。ここまで怒る理由は、ハロルドから聞いた、ランドルがセシリアに吐き捨てたあの科白だろう。

『子を産めないお前など、何の価値もない。貴様のような出来損ないなど、こちらから捨ててやるさ』

 あの科白を聞いたとき、妻の顔は強張っていた。そもそも三年間子を身籠れなかったという理由で、何の悪気もなく離縁するという息子を、妻はひどく怒っていた。妻が子を身籠れなかった五年間、両家の親から、まわりから、どれほど心ない言葉を浴びせられたか。それこそ、心が病むほどに。

 だからこそ、自分の息子がそんな科白を吐いたことに誰よりショックを受け、激怒したのだろう。

 あんな子などいりません。涙ながらに言う妻を何にもかけ、何とか説得したというのに。

 ──馬鹿な息子だ。

 ハーン伯爵は、もう一度、深くため息をついた。しばらくして、リチャードが応接室に戻ってきた。

「大人しく帰ったかい?」

 ハロルドが訊ねる。リチャードは「ええ」と答えた。

「さすがに、もう一言も発しないまま、お屋敷の方へと向かわれましたよ。徒歩で」

「まあ、もう馭者もいないからね──そういうわけだから、もう安心していいよ。セシリア」

 隣に座るセシリアの手を優しく包みながら、ハロルドが笑う。セシリアは少し気まずそうに、小さく笑った。

「はい。もう、落ち着きました。けれど、シンディーのことは、わたしも驚きでした。実際に会ったのは数回だけでしたけど、綺麗な方で、そんな風には見えませんでしたから」

「私は話しに聞くだけで、実際にお会いしたことはありませんでしたけど……かなり強かで、あまり性格のよろしくない方だなとはずっと思っておりましたけど──まさか、本当に殺人者の子どもだったなんて」

 アルマの言葉に、ハロルドがうなずく。

「おそらく、間違いないだろう。ハーン伯爵家からそう遠くないところに住んでいたという、シンディー・ポックという名の女性。この条件に当てはまる者は、そうはいないだろうからね」

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