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セシリアがそっと立ち上がった。その顔があまりに穏やかだったので、ハロルドたちが何となく見守っていると、セシリアはテーブルの上にある花瓶を手に取った。両手で抱えなけば持てないほどの大きさのそれを持ちながら、ランドルの前にゆっくりと近付いていく。
──微笑みながら。
「セシリア……! わかってくれたんだね。僕にも反省すべきことはあったと認めるよ。シンディーへの援助金は減らすし、アルマをまた雇ってあげてもいい。そうだ! 僕たちの子どもが産まれたら、乳母も雇おう!」
涙ぐみながらまくし立てるランドル。セシリアは「そんなこと、どうでもよいです」と言い、表情を一変させた。
「……わたしの愛する人を、よくも貶してくれましたね。もう我慢なりません」
殺意を宿した双眸でランドルを見下ろしながら、セシリアは花瓶を頭上に振り上げた。ランドルが小刻みに震えながら、目を見開く。
「あなたの息の根は、わたしが止めます」
「ひ、ひい……っっ!!」
ランドルが腰を抜かしながら後退さる。馭者の男は口笛を吹き、アルマは「奥様……ご立派になられて」と涙を流している。ハーン伯爵夫人は「あらまあ」と口を開けているが、どこか楽しそうだ。その隣では、ハーン伯爵が顔を真っ青にしていた。リチャードは少し目を丸くしたものの──背後からセシリアを抱き締めたハロルドの姿に、口元を緩めた。
「はい、止まって。こんな奴のために、きみが手を汚す必要はないよ」
「だって……っ」
「ほら、花瓶をこっちに。まったく。大事な時期に無茶をして」
片手で花瓶を持ちながら、もう片方の手でセシリアの視界を塞いだ。これ以上、セシリアが興奮しないように。
「──ランドル。わたしから、最後の質問だ。お前の大事な幼馴染みとは、シンディー・ポックのことか?」
ランドルはぐしゃぐしゃになった顔をぽかんとさせた。
「……どうしてシンディーのフルネームを知っているんだ……?」
ランドルが「……やはり、そうか」と重く呟く。
「な、何だ! 何だよう!」
口を挟んだのは、ハーン伯爵夫人だった。
「何でもないわ、ランドル。早く荷物をまとめて、愛するシンディーの元へと行きなさいな。これ以上あなたがここにいると、セシリアの精神にもよくないですからね──ああ、そうだわ。あなた、こちらにいらっしゃい。退職金を渡すから。紹介状はちゃんと持っているわね?」
馭者の男が「はい。ありがとうございます」とハーン伯爵夫人に近付き、封筒を受け取った。くるりと振り返り、ランドルに「では、帰りの馬車はご自分で動かしてくださいね」と言い捨て、さっさと屋敷を出ていってしまった。
「残りの使用人たちには、すでに退職金は渡してあります。もう屋敷にはいないでしょう。ではね、ランドル」
もう会うことはないでしょうけど、元気でね。
ハーン伯爵夫人は、にっこりと笑った。
──微笑みながら。
「セシリア……! わかってくれたんだね。僕にも反省すべきことはあったと認めるよ。シンディーへの援助金は減らすし、アルマをまた雇ってあげてもいい。そうだ! 僕たちの子どもが産まれたら、乳母も雇おう!」
涙ぐみながらまくし立てるランドル。セシリアは「そんなこと、どうでもよいです」と言い、表情を一変させた。
「……わたしの愛する人を、よくも貶してくれましたね。もう我慢なりません」
殺意を宿した双眸でランドルを見下ろしながら、セシリアは花瓶を頭上に振り上げた。ランドルが小刻みに震えながら、目を見開く。
「あなたの息の根は、わたしが止めます」
「ひ、ひい……っっ!!」
ランドルが腰を抜かしながら後退さる。馭者の男は口笛を吹き、アルマは「奥様……ご立派になられて」と涙を流している。ハーン伯爵夫人は「あらまあ」と口を開けているが、どこか楽しそうだ。その隣では、ハーン伯爵が顔を真っ青にしていた。リチャードは少し目を丸くしたものの──背後からセシリアを抱き締めたハロルドの姿に、口元を緩めた。
「はい、止まって。こんな奴のために、きみが手を汚す必要はないよ」
「だって……っ」
「ほら、花瓶をこっちに。まったく。大事な時期に無茶をして」
片手で花瓶を持ちながら、もう片方の手でセシリアの視界を塞いだ。これ以上、セシリアが興奮しないように。
「──ランドル。わたしから、最後の質問だ。お前の大事な幼馴染みとは、シンディー・ポックのことか?」
ランドルはぐしゃぐしゃになった顔をぽかんとさせた。
「……どうしてシンディーのフルネームを知っているんだ……?」
ランドルが「……やはり、そうか」と重く呟く。
「な、何だ! 何だよう!」
口を挟んだのは、ハーン伯爵夫人だった。
「何でもないわ、ランドル。早く荷物をまとめて、愛するシンディーの元へと行きなさいな。これ以上あなたがここにいると、セシリアの精神にもよくないですからね──ああ、そうだわ。あなた、こちらにいらっしゃい。退職金を渡すから。紹介状はちゃんと持っているわね?」
馭者の男が「はい。ありがとうございます」とハーン伯爵夫人に近付き、封筒を受け取った。くるりと振り返り、ランドルに「では、帰りの馬車はご自分で動かしてくださいね」と言い捨て、さっさと屋敷を出ていってしまった。
「残りの使用人たちには、すでに退職金は渡してあります。もう屋敷にはいないでしょう。ではね、ランドル」
もう会うことはないでしょうけど、元気でね。
ハーン伯爵夫人は、にっこりと笑った。
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