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 それは、リチャードが食糧の買い出しに行くのを、セシリアが玄関先で見送っていたときだった。休日ではないので、ハロルドはいない。

「セシリア。久しぶりだね」

「……ランドル様?」

 言葉通り、ランドルと会ったのは数年ぶり。ハロルドがランドルを連れて、ハーン伯爵の屋敷に行ったとき以来だ。

「どうしてここに……」

 ランドルはセシリアのお腹を見つめ「ああ、きみが妊娠したというのは本当なんだね。おめでとう」と笑った。

「あ、ありがとうございます」

 純粋に、祝いに来てくれただけなのだろうか。困惑していると、ランドルはセシリアの肩に手を置いた。

「今は大事な時期だろう。きみと少し話したいことがあるから、とりあえず屋敷に入ろうか」

「い、いえ。話しなら、ここで聞きます」

「駄目だよ。ほら、風も吹いてる。中に入ろう」

 強引に屋敷の応接室の椅子に座らされたセシリアは、真正面に座ったランドルを訝しみながら見た。話したいこととは、シンディーのことだろうか。

(本当に誰にも話していないか、確かめにきたとか……?)

 それぐらいしか思い当たらず、セシリアが首をひねっていると、ランドルは「きみに大切な報告があってね」と口角をあげた。

「実はね。シンディーの子どもの父親は、僕ではなかったんだよ」

 まるで予想していなかった話題にセシリアは「……へ?」と、ちょっと変な声をあげた。

「産まれてきた子どもの髪も、目も、肌の色も、僕とはまるで違っていたんだ。シンディーに必死に問いかけたら、ようやく泣きながら胸のうちをあかしてくれて──似た容姿の男に、襲われていたという事実をね」

 セシリアが絶句する。ランドルは「同じ女性なら、シンディーの苦しみはわかってくれるよね?」と目を細めた。

「せめて、不自由な生活はさせたくない。なのに、出来ないんだ。きみとアルマがいなくなってから、新たに雇った使用人は二人。これがとてもわがままでね。今、あいつらに支払っている給料は、アルマに払っていた倍だ。せめて一人にしようとしても、それなら辞めると言い出すしまつだ……ほとほと、困り果てている」

「はあ……」

 この人、何も変わってないんだわ。セシリアは痛感した。ランドルのことはもう何の興味もないセシリアは、離縁してからのランドルのことは知らない。ただ、まだ結婚相手が見つかっていないということだけは耳にしていた。

(いずれ継ぐ爵位と見た目に騙されて嫁いでくる人ならいるんじゃないかと思っていたけど……)

「──セシリア。聞いてるかい?」

 気付けば、真ん中にあるテーブルに手をつき、ランドルがセシリアの顔を覗き込んでいた。セシリアが身体を後ろに引く。何だかだんだん腹がたってきていた。この人はいったい、何をしに来たのか。何が言いたいのか。ちっともわからないが、時間と精神を無駄にしているような気がしてきた。

「聞いてません。あと、近寄らないでもらえますか。そして用がないなら、もうお帰りください」

 自分でも驚くほどすらすらと言葉が出てきたが、考えてみれば、何てことない。目の前の相手にどう思われようと、心底どうでもいいし、もう自分には、愛する人がいる。そして、神から授かった、子どもも──。
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